唐草銀河

「遍愛日記」
3月24日 昼間

3月24日 昼間 (103)

   ミズキさんのお父さんはすこし猫背で、痩身をチャコールグレーのスーツに包み、彼よりもずっとやわらかな声で話すひとだった。父と僕、ぜんぜん似てないんだよ、と妙なことを口走ったけれど、気にするほどとは感じなかった。
 それとも、初めからそう聞かされていたせいなのかな。そこが、わからない。
 とはいえ交際相手の親に会うという神経質にならざるを得ない出来事にも、余計なことを考える時間がなくて正解だった。また先回りされたと気づいても腹は立たなかった。そうでなければ私のことだから、会うと言ったくせに、いくら三十過ぎていてもお泊りの翌日に顔を合わせるのは恥ずかしいと駄々をこねて困らせたに違いない。
 けっきょく、一時間くらいご一緒しただろうか。たぶん、家の権利の話やらなにやらするつもりで来たのだろうに、私がいたことで予定が狂ったらしい。出直すとは口にしなかったものの、また近いうちに、と玄関でミズキさんを見あげて約束していた。でも、その顔はなんだか重い荷物をおろしたひとのようで、ほっとしているのがありありと見えた。親というのは大変だなあと他人事のように感じた。
 私もお店に行くので三人で家を出るのかと思ったのに、ひどく遠慮して、さきにクルマで帰っていった。ボルボは、たしかにあのお父さんにはよく似合う。
 それからブランチをすませて歩きながら、ミズキさんは苦々しい顔で謝罪した。あのひとはほんと、ダメなんだよ。これから一緒に昼食でもって誘ったり、姫香ちゃんのお家のこと聞いて今度ご挨拶にって口にしたり、そういうことが一切、できない。
 失望と非難のことばの連続に聞こえるけれど、実はお父さんを一生懸命かばっているのだと感じた。
「そんなのべつにいいじゃない。私、お話し聞けてすごくうれしかった」
 彼はそこですこし、複雑な顔をした。 
 かんたんな紹介のあと、私たちはひたすらフィレンツェの話で盛りあがった。お仏壇の前に並んで手を合わせ、額をつきあわせてアルバムを見るなどということにならなかった。
 サン・ロレンツォ聖堂付のラウレンツィアーナ図書館とメディチ家の音楽パトロナージュ、ギョーム・デュファイとハインリヒ・イザークへの支援について話をうかがっていたら、飛ぶように時間がすぎた。我ながら、節操のないことこの上ない。
 もっとも、ミズキさんは何故か不思議に上機嫌でいたようだ。ほんとにご機嫌だったのか、正直わからない。ただ、愉快に思っていたことは間違いない。ふいに笑い出しそうな気配があったのを、私は見逃さなかった。
「僕はあの、サン・ロレンツォ聖堂って忘れられないよ」
 彼はそう言って皮肉っぽく笑ってから、空を仰ぐように頤をそらした。
 ファサードもない、石がむき出しの聖堂の異様さというのもあるかもしれない。君主の礼拝堂を飾るフィレンツェ特有の石材装飾は、私からするとゴテゴテして気味が悪く、たしかにマーク・トウェインじゃないけど「頭からはなれない」。
 しかしながら、なにしろあそこにはミケランジェロの傑作中の傑作であるメディチ家礼拝堂と、図書館、その入り口の階段がある。あの階段はなにかもう、ただのきざはし以上のもので、私はなんど上り下りして吐息をついたかわからない。
「あの頃まで僕はわりと父が好きで、なにしろ手をあげることもないし、声を荒げることもないひとだったから。でも、それはたんに子供に興味がないだけのことだって、あの場でわかったんだよね」 
 銀座も中央通へと出ると、ひとが増える。道幅が広くなり影のなくなった歩道に視線をおとす。通りすぎる車の音にすこし意識して声を聞こうとすると彼の手にきゅっと力がこもり、引き寄せられるようにしてあいだが縮まった。
 イタリア政府給費留学で単身フィレンツェにいたお父さんを訪ねていくと、仕事があると図書館からひとりで放り出されたそうだ。彼は革製品や土産物の露店がずらりと並ぶ広場でジタンの少年に鞄を取られ、追いかけた裏道で取り囲まれて小突かれ、さんざんな目にあったらしい。ぼろぼろになって帰るとひどく迷惑そうな顔をされた、と笑った。
「僕は手のかからない子供だったから、驚いたんだと思うけど」
 つけたされた言葉こそが真実だと思った。迷惑じゃなくて戸惑っただけでしょ、と言うことで、ミズキさんが父親を許せるようになるわけじゃない。そんなことくらい彼だって、眠れなくなるほど考えたはずだ。
 私は瞳を伏せて思い描く。あの素晴らしい図書館の入り口にしつらえられた、夢幻世界への波打ち際のように美しいミケランジェロの階段、その手摺に手をかけて父親を振り返る少年の姿を。
 そのイメージは、日の当たる回廊を抜けて暗い堂内を通り、それからまた、あのやけに高い夏空のした、騒がしい広場に押し出されたときに彼の感じたであろう孤独と失望と奇妙な開放感を思い起こさせた。
 小さいころ、家族といるときは寄り添っているだけでまんまるに膨らんで、温い水のうえをふわりと漂うような気持ちがした。でも私は、ひとりでいるときの、安全な場所から分離された肌さみしさのもたらす慄きと、ぎゅうっと詰まった濃密な時間に比べてはそれが味気ないと思うような子供だった。
 まして、父と母が血の繋がらない赤の他人なのだと、ある日唐突に思い至ってからはなおのこと、自分の居場所は本当はここではないのだと感じるようになっていた。
「……お父さんとお母さんって、役割だもの。上手いひとと下手なひとがいて当然だと思うよ」
 ミズキさんが一瞬なにか言いかけて、でも私の手を強く握ることでそれを押しとどめた。このひとは、これ以上のことを口にしないだろうとはわかっていた。
 その出来事があったのは、あのお父さんが今の彼と同い年くらいか。子供というのはいつだって、大人にオトナらしさを期待するものだと肝に銘じた。それから、浅倉くんと大志くんのやりとりを思い出し、あちらもあれで実はぎこちないのだろうな、と想像して頭を起こした。
 桜通り横のソメイヨシノはもう、だいぶ咲いている。信号そばの桜は開花が早い。この並木の桜は八重桜でまだ蕾だけれど、一丁目の交番の先にある白っぽい大島桜は満開だ。少女時代、三月に咲いていておかしくないのは彼岸桜か大島桜くらいのものだったはずなのに、いつのまにか開花宣言を三月に聞くことに慣れてしまっている。
「親役って試験も試用期間もないのに、やって必ず上手くいくとは限らないのにやれるのが前提だから、しょうがないね。昔はやれて一人前。それで大人だったんだろうけど。もう、無理なとこまできちゃったんだよ」
 この大人になりづらい環境というのは何が原因なんだろう。幼形成熟こそが人間の進化のせいだって言えてしまえば、コドモ化した社会のひずみって人類にさいしょから内包されてたって納得できるかしら。でもそれって、もうしょうがないって言ってしまうことだから、それじゃダメだ。
 これから先、新しい社会モデルみたいなのを真剣に追求しないとならないんだろうに、たぶん、そこまで行く前に人類は滅びるんじゃないかと思うときがある。
 地球は滅びない。あれは、人間ごときがどうこうするものじゃない。私たちがいなくても、恐竜がいなくなったのと同じで、ちっとも困らないんだから。翻って、人間たちは今の生活のレベルを落とさないとみんなが生き残れないのだろうけど、それができるかっていうとまず無理って感じるんだから、もう、始末におえない。
 つらつらそんなことを考えていた横で、ミズキさんは、ん~、と鞄をもったまま片腕をあげて伸びをした。すこし、わざとらしいくらいの動作は、私が彼から意識をはなしたからかと思えたけれど、不思議にも、責められているとは感じなかった。
「父が来たせいで調子狂っちゃったなあ。もっとゆっくりしたかったのに」


スポンサーサイト



*Edit ▽TB[0]▽CO[0]   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)