唐草銀河

「遍愛日記」
3月25日

3月25日 (128)

   考えてみれば、こんなふうに注文をつけるのはこないだのミズキさんに続いて二度目のことだった。私にしては大した快挙だと笑いそうになったところで、彼が、あ、と声をあげた。
 それから、すんません、とドアをあけてお菓子を手にし、しずしずと戻ってきた。
 そうしてドアが閉まった瞬間、ふたりしてその大きな包みを見て吹き出した。
「よくこんなにお菓子ばっかり大量に買ってきたね」
「蟹とかイクラとか家からもってこようとしたんだけど、もし会えなかったらまずいし」
 札幌にいた時点でもう、ここに直行するつもりだったらしい。そう気づいたところで、彼が廊下に大きな紙袋をおろし神妙な表情でこちらを見た。そして、なにか言いづらそうに一度あけた口を閉じて再び唇を歪めたので、私は首をかしげて促した。それでも口をひらく様子がなくて、仕方がないので問うてみた。
「なに」
「や、その……」
 まったくもう。なんで、ひとにはあんだけ否応もなく迫るくせに、自分のことだとこんな口篭るかなあ。腹立たしさに腕組みしそうになったけれど、さすがにそれはやめて、こちらも言うべきことを言っておく。
「言いたいことあるなら言えば。それとも尋ねたいことでもあるの? ウソいわないから訊けばいいじゃない」
 さすがにその謂いには苦笑が返る。その顔を黙って見つめていると、妙にあらたまった顔つきで私の顔を窺いみた。私が眉をひそめると、おずおずと、声が落ちる。 
「……オレのこと、好きだって言ったよね」
「うん」
「じゃあ、オレに嫌われたらとか厭きられたらって考えて不安になったりしない?」 
「しない」
 こんなしょっぱなにこのオトコは何を言い出すのかと思ったけれど、うっすらと、彼の不安は透けて見えた。自分の過去を暴露したせいだけでないだろう。
「なんで? って、オレがものすごくあんたのこと好きすぎるからか」
 眉を寄せて苦しそうな顔をしているので、
「そうじゃないよ」
 首をふって、目の前のひとにちゃんと伝わるように、口にした。
「だって、私が浅倉くんを好きだっていう気持ち以上のものは何もないもの。たまたま今、両想いなだけよ。たまたま一緒にいられるだけで、それは貴重な、すごく有り難くて大切なものだけど、それは完全にオマケみたいなものだもの」
 浅倉くんは私のことばが理解できないというみたいに頭をふり、なにか酷く思い悩んだ様子でたずねた。
「ど、いうこと? おまけって、見返りを期待しないっていうこと?」
「それにちかいけど、もっとなんていうか……好きになっただけで私にはすごく、大変なことなの。まして好きになってくれたひとをちゃんと好きになれて打ち明けるっていうのはもう、今までにないものすごいことなの」 
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
 浅倉くんは目をしばたいてこちらを見つめていた。なにかやっぱり、彼にとって私はひどく珍しい生き物なのだな、と感じた。獏のことはこの際おいておこうと思った。ひと、じゃないしウソとは言えまい。
 その一瞬の逡巡を見透かしたものか、浅倉くんが切羽詰った形相で詰め寄ってきた。
「ほんとに、ほんと?」
「しつこいなあ、ほんとだって言ってるじゃない」
 心底うんざりした調子で返答したはずが、当の本人は弾けるような笑顔で抱きついてきた。
「オレ、いま嬉しくて死にそうかも」
 なにをバカなことを言っているのだ。
 そう言い返そうとする唇のうえで、もっと欲張りになってオレのこと雁字搦めにして、と囁いた。リードは短めが基本だからそれは無理、とこたえると、オレは犬か、と問われたので、そこは素直にうなずいた。
 そして、このプレゼント包装みたいな格好はどうやって脱がせればいいのときいてきたので、昔、龍村くんと来須ちゃんと三人で誕生日にあげたボールペンの包み紙をまるで外国人のようにビリビリ剥がして私たちの度肝を抜いたことを瞬時に思い出した。身を固めると、破きませんヤブキマセン、と首をふって両手をあげた。
 ブーツと草履を履いたまま玄関で交わす会話としては間が抜けていると思いながら、うえから順に、とごく当たり前のことをこたえると、すぐさまヘアピンに手がかかる。なるほど上だと感じ入り、これはちょっと、してやられたな、と思いながら瞼に落ちた唇に目をとじた。結い髪に男の無骨な指が思いのほか優しく分け入り、撫で下ろし、むきだしの首筋やうなじへと髪がまとわり落ちるのは刺激的で、されるがままになっていたけれど、あまりのくすぐったさに頭を揺すろうとすると、例の息継ぎを許さない無遠慮なくちづけが猛然と襲ってきた。
 それから、うがいもしたいし部屋に風も通したかったし、自分の胴まわりは帯を締めたあとでワシワシしてみっともないことになってるに違いなくて、さらにはタオルや余計な詰め物でいっぱいだからと申告するのは躊躇われたので、アイスがとけるのが心配だと、とりあえず中断のことばを申し渡すと、もうダメ、もう無理だからと、わけのわからないことを騒ぎ立てた。
 あとはまあ、なるようになった。
 なるようにというかなんというか、浅倉くんはどんなときでも浅倉くんで、ものすごくやさしいかと思うと焦って強引になり、臆病になったかと思うと調子にのり、テンションの上がり下がりに付き合わされてくたくたになった。これは私がふりまわされてはいけないと気がついて、その後はウソのように素晴らしかった。どうしてはじめからこうならないのだろうと考えて、ようやく悟った。
 私が、こわがりなのだ。
 鏡写しに知らされたのは、そんな当たり前の事実だった。
スポンサーサイト



*Edit ▽TB[0]▽CO[0]   

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)