唐草銀河

「遍愛日記」
3月25日

3月25日 (155)

   なんというか、龍村くんの妹さんは大きな花束を抱えてこそ似合う、すこぶる付きの美人なのだ。そういう古風な表現で形容しても少しもおかしくない、銀幕の映画女優みたいに時代がかった美少女だったと記憶している。彼女ももう、三十ちかくなっただろうか。そりゃあ焦るよな、と自分の過去を鑑みて思う。
 そういえば、あのふたり、どうなるんだろ。どうなるというか、いろいろ問題はありそうだけど。でもまあ龍村くんのことだから、実はそんなに心配していない。敵を敵と見定めたならば、戦い方を知っているひとだ。彼には神も仏も法律も何もナイだろう。そうでなければサドなぞ本気で読みはしない。彼には、あの妹さんが文字通りに「神」なのだ。「小さな神」ではなく、彼に君臨する麗しの女神。
 私はそれを知っていて、礼節を保つがゆえに問いただすことをしなかった。彼が、たとえ言葉なりともそのひとに触れられたくないと私は理解していたし、彼もまた、それを此方に突きつけた事実を忘れはしないことだろう。
 切っ先は鋭利にして、されど血の穢れと肉の脂を厭い無垢だった。かつて鏡のような純潔をひけらかし、今になってこの私を競技場に召喚するのであれば、私は不慣れな紋章官よろしく彼らの掲げたエムブレムを眺め、そこに刻まれたモットーを読みあげるだけでいい。
 私を呼んだのだ。確かめろというのだから、まさかラテン語で書かれてはいまい。私でも理解でき、伝えられる言葉で記されているということだ。
 ならばそれをあやまたず読む。そして、語る。
 後は知らない。
 知る必要もない。
「そっか……オレ、期待されてたのにマジ情けないね」
 つぶやきに意識を引き戻されて、うつむいたままの男の頭を見おろした。こうして上から見ると、あまり格好のいい形ではない。こんなときにそんなことを思い、でも、その歪さが可愛いと感じて頬がゆるむ。たぶん彼はいま、私が笑ったことに気づいていない。申し訳なさと悪戯心が交互に襲いきて、落ち込んでいる相手になんと声をかけようかと思案していると、とつぜんその頭が仰のいた。
「もう、そういうのはちゃんと言ってよ~」
 足をジタバタしそうな勢いで口にするので、どうやら悪戯心が勝ったようだ。
「言わないよ」
「なんで」
「そういう情けない顔をする浅倉くんが好きだから」
 げ、と声をあげて固まっていた。
 思い切り笑ってみせながら冷静にわが身を振り返り、慄然とした。
 かっこつけずに言えば、私は本当に、真実、酷い女だ。弱虫で浮気者だし二股かけてるし。ふらふらしてて、ちっとも芯がない。こんなんで、本当にいいのだろうか。このひとは。
 ふとどうしようもなく不安になり、声に出して問うていた。
「私、浅倉くんが思ってるようなひとじゃないよ。すごく汚らしい、いやらしい人間なの」
 ほんとうの自分をこのひとに好きになってもらいたいという恥ずかしい欲望に消えたくなる。目を潰し、自分の正体を見ないですましたい。鏡にうつるそれは、さぞやみっともなくて醜いにちがいなく、本当にほんとうに、イヤになる。そして、それをこんなふうに口にしてしまった自分の弱さを粉砕したい。でも、言わずにはいられなかったし、ちゃんと言わないと申し訳ない気持ちがした。詐欺を働いているような、そんな気分だったのだ。けれど、この身の置き所のなさと落ち着かなさは、いつもいつも自分が隠しながら抱え続ける不安の正体で、これをおもてに出したくないためにこれまでずっと、鎧ってきた。 
 もうこの鎧をぬいで何処かにおろし、楽になってしまいたい。でも、これをひとりでは外せない。外し方を忘れたし、もしかすると、すでに中身は霧散してしまっているかもしれない。そんな不安さえ湧いてくる。
 もしも、もしもだけど、ほんとうに中身のないただの空虚を後生大事に抱えているのだとしたら、我ながらなんて間抜けなのだろう。
 そうやってひとり鬱々とおのれの生き様をかえりみていたその耳に、弾けるような声が届く。
「だ~か~ら~、あんたもう、ほんっとにオレの話聞いてないだろ?」
「聞いてるよ!」
「聞いてねーよっ!!」
 反駁が炸裂し、思わず身体を縮こまらせると、彼がそれを見て獣のように唸った。
「ああもう、怖がらせてゴメンナサイ。でも、あんたってひとは、っとにもう、なんもオレのはなし聞いてないんだから。オレだっていい加減アタマにくるって。それは少しは理解してよ?」
 理解してと言われても。そんな。困るよ。
 どう返答していいかわからなくて首をすくめるように浅倉くんをうかがい見ると、私が納得していないさまをつぶさに感じ取ったのか、怖い顔をしている。なんで私、ここでこのひとに怒られてるんだろうと考えながら、でも、記憶力の一点で自分に分がないことは知っていた。
 私、ナニ、言われてたかしら?  
「だからオレ、オレの前ではずるくても弱くても意地悪でもいいって言ってんじゃん」
 あ……た、たしかに。その言葉には聞き覚えが。
 ある。
 聞いてました。ええ。忘れてたけど。今この瞬間まで、すっかり宇宙の果て、ほんとにずっと、少なくともアルファケンタウリくらい遥か彼方でしたが。
「も~うっ、オレほんとは気が長いんじゃないかって思えてきたよ」
「私……」
「オレ、思わずカエルを投げちゃうお姫様みたいなあんたが好きなの」
 蛙? カエルですか。あの、年端もいかないころに読んで以来大人になった今でも納得のいかない、不条理小説のようなグリム童話の「かえるの王子様」ですか? 
「浅倉くん、王子様のつもりなの?」
「違うって、オレはそういう柄じゃないでしょう」
 そんな顔を顰めて反論しなくても。まあ私も正直、浅倉くんが王子様キャラだとは思ってないけどさ。というこちらの内心を読んだように、彼が何かに呆れたようにため息をついて言った。
「でもオレ、あの星の王子さまのバラの花みたいに意地悪で、ぐずぐずするなんてじれったいって言えちゃうような、高慢ちきで弱虫なあんたが好きなんだよ」
 それは……やっぱり、誰がどう聞いても「王子さま」の言い分じゃないか。と思いながら、私は慎ましやかに黙っていた。ここでこれ以上なにか述べるのは、いかに私でも破廉恥すぎるであろう。

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