唐草銀河

「遍愛日記」
3月25日

3月25日 (156)

   とはいえ、私は私で胡乱なことを考えていた。
 浅倉くんのタイプは、星の王子さまの「バラ」、なんだ。このひとってほんとにマゾなんだな、と心の奥底から感心した。それだけじゃなくて、やっぱり私を勘違いしていることはちっとも訂正されていないと呆れてもいた。あの花は、「根は、やさしい」のだぞ。というか、あのおはなしは世界で聖書の次に読まれているというだけあって、実のところとってもSMなディスコミュニケーション悲恋小説で、人間てそうはなかなか素直になれず成長もできなくて、そうやって不幸が連鎖して増殖されていく過程を克明に描いた非教養小説だと思ってるんだけど……世間ではみんな、どう思ってるのかな。
 でも、まあ、そんなことはどうでもいいような気持ちになっていた。これだけ読み違えが激しければ、私のいやらしい本性にさえ一生気がつかないのではないかという安堵もあったし、そういう愚かさがひたすら可愛いくていとおしいと思えた。
 私が彼を好きなら、それでいいのだ。
 それ以上のことは、なにもない。
 そう思ってその顔にキスをくりかえすと、浅倉くんはもぞもぞと身体を動かして、小声で熱っぽく囁いた。
「抱きしめたい……」
 外してくれと言っているのだとわかった。そうだろうね。でも。
「だめ。私の好きにさせて」
 悪いようにはしないから、と私はほくそえみ、えい、とその身体をソファに沈めた。
「ちょっと待った。オレ、何されちゃうの」
「そりゃあもちろん、睫をカールしてあげるのだよ」
 うがあ、という濁ったわめき声に続いて、なんて非道なご主人様だ、と笑い声がおきた。そのまま観念して素直に身を任せるかと期待したのに、浅倉くんはこちらの予想以上に抗ってみせる。しかも往生際が悪いことに、ノーと言うかわりにふざけたことを口にしてかぶりをふってよけるので、私は私で今まで感じたことのない奇妙な昂ぶりをおぼえてしまった。喉奥へせりあがる息苦しさは紛うことなく性欲で、あられもない征服欲と交じり合い、はしたないほどに血を逸らせた。
 私は内心と肉体双方の落ち着きのなさを悟られぬようキスしてごまかし言葉を奪い、眉や窪んだ眼窩ごと瞼を指で撫でて、相手の動向をうかがった。不快に陥らせては元も子もない。とはいえ、私のほうも遣り遂げたくて気が急いている。なにを言えばおとなしくなるのかわからなかったので、耳のうえで、痛いことじゃないからこわがらないでと幾度も言葉をかえて囁きを流しこむ。くりかえすことで私が本気だと察したのか、しばらくしてようやく肩がさがってソファについた。
 それでも、目許に見慣れぬ器具が近づくのは本能的にこわいらしい。覚悟をしていても反応はとめられないようだ。私は器具の原理を説明し、身体をおこしてソファの背に頭をつけるように指示した。今度はすなおに従った。諦念というよりは、今はもう、早く終わらせてくれという焦燥が勝っているように見えた。
 私は緊張にごくりと喉をならして体勢を整えた。彼の動きを固定するようにその両脚を跨ぎ、これでは難しいと膝立ちになり都合のいいポジションを確かめる。肩に手をおいてそっと叩いて撫でてから、決然と動きを再開する。
 睫への刺激だけでなく、ビューラーを握った私の指が頬に触れるたび震える肢体に手を這わせ、抵抗をやさしく宥めながら瞳の横にくちづけた。ビューラーを三度使いで根元から丁寧に立ち上げるころには、息遣いが変わっていた。見なくても、彼がひどく切羽詰っているのは感じる。ジャージの生地のしたで何かを堪えるように絶えずくりかえされる両脚の収縮運動と、またはその双方を摺りあわせようとする虚しい努力が、切迫感を雄弁すぎるほどに物語っている。
 さすがに、限界かな。
 出来栄えをのぞきこむ視線をかわし、そのまま私の首筋に頭を凭れかけてきた。
「もうほんと、あんたって人は……」
 ひどく荒れた掠れ声でぼやかれて、外してと懇願されるに違いないと思っていると、浅い吐息をついて口にした。
「ほんともう……ああオレ、もうほんとだめ……」
 いま外すと飛び掛られそうな勢いだなあと思いつつ、ひととおりのことをして気が済んだ私はきいてみた。
「外す?」
 彼は目を伏せて首をふったかと思うと、射抜くように私を見た。
「オレ、ほんともう一生、あんたから離れない。追い払われてもついてく」
「うん」
 かつて一度たりとも発揮したことのない素直さで頭を縦にふってみせたのに、浅倉くんは猜疑心いっぱいの両目を瞬かせた。
「うんって、意味、ほんとにわかってる? はぐらかしてるの?」
 首を傾げられていて、同じ向きに頭をかたむけると自然に、口をついて出た。
「浅倉くんて、実は可愛い顔してたんだね。ずっと、唸るハスキー犬みたいだと思ってたんだけど」
「や、あの、オレ、真面目に話してるんだけど」
「浅倉くんが、私と番いたいっていう話でしょ?」
 濁った頷きになったのは、立ち上がろうとしてついた手が、彼の下腹部をかすめたからだ。跳ねあがる肩に目をやった瞬間、
「手で、してくれるの?」
 マジメな話ではなくなった。高笑いを胸におさめ、それはまたの機会に、と首をふってはなれた。それから一呼吸おいて、なるべく軽い感じに、色気を滲ませるのは難しくとも何か楽しげに聞こえるよう念じて口にする。
「今度は浅倉くんが縛って」
「無理すんなよっ」
 また怒鳴られた。つまり、うまく言えなかったらしい。
 彼の顔をみないで横にまわりその手首に指を触れたところで、身体を捻って拒まれた。強情だな。そそるじゃないか。また何か違う悪戯をしかけたくなるが、私も私でそろそろ楽なポジションにうつりたい。申し訳ないけれど、責め続けるのは慣れていない。男のひとの大変さがちょっと理解できたような気がする。
 もちろん、そうは口にしないけど。
 私は、とにかく外すから、とつぶやいて紐をほどいた。さすがにやめろと口に出しては止められなかった。横顔をうかがいみると、自由の身になったはずが、さきほど不愉快の残滓を漂わせ唇はかたく結ばれたままだ。
 前へ戻り、そのとげとげした顔にゆっくりと、言い聞かせるようなつもりで誘ってみる。
「無理じゃなくて。私がこわくならないように、嫌じゃないように、盛り上げてよ」
 Cカールにした睫がはためいた。
 止めにもう一言いってみるか。
「何でもしたいっていうならそのくらいのことできるでしょ?」
 見おろす視線で頤をそらし、できうるかぎり嫣然と微笑んでみた。

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