唐草銀河

「遍愛日記」
3月25日

3月25日 (157)

   すると浅倉くんがすぐさま深々と頭をたれて、努めさせていただきますとこたえ、こちらの手から紐をひったくりそのまま私を担ぎ上げた。
「アサクラくんっ」
 悲鳴じみた声で名前をよんだのに、彼はまるで頓着せず駆けるような勢いですすんでいる。視界がグラグラ揺れて気持ち悪い。もう少しこう、なんというか、鄭重に取り扱う気持ちはないのかと文句をつけようとしたところでベッドに放り投げられる。
「ちょっと!」
 乱暴だよと続くはずが、浅倉くんの口のなかに飲み込まれる。むー、という濁った音のあいまにカーディガンが引き剥がされ、腰浮かしてハイ万歳してと調子よく命じながらワンピースを物凄い勢いでたくしあげている。
 ちょっと待て。チョット待て。本気で、待ちなさいって。はやい、ハヤイ早いってば!
 私がウガウガ唸っているあいだに首から丸まったワンピースが抜き取られ、無造作に投げおかれた。素肌が寒気にさらされて縮こまるように身を震わせると、浅倉くんの手が下着にかかる。
「な、ちょっと……っつ」
 つ、は痛いの略で、両腕を捻りあげられてのけぞった私の、意味をなさない叫び声だった。驚きに目を見開くと、浅倉くんが手首をひとつ手にまとめ、私の顔の真上で怖いほど真剣な声で囁いた。
「覚悟して」
「かくご?」
「そう。カ、ク、ゴ」
 な、なんの?
 どぎまぎして見つめ返すと、片頬で苦笑する。
「ま、いっか。ご要望通り縛るから、おとなしくして」
 言う間にグルグル手首に紐がまわる。下敷きになった私は当然のごとく動けない。「カクゴ」を迫られるとは予想だにせず、いささかマズイことになったような気がしたものの、今さらやめてとも言い難い。いや、言ったほうがいいと気づいたのは、縛り終えた浅倉くんがベッドから降りてチェストの上の花瓶から薔薇を引き抜いた瞬間だった。
 それは、たしかに「覚悟」を問われてもおかしくないものだった。
 先ほどまでの、歓楽の予兆に喘ぐように吐き出されつづけた呼気が瞬時に冷えた。素肌が粟立つのは寒さのためではない。ミズキさんからの贈り物を手にとられ、あらわになった自分の胸が上下するのを見つめながら、どうしたらいいか考えていた。
 どうしたら、というか。
 ただひたすら怖かった。
「これ、絵に描いたような薔薇だね」
 頭を向けると、浅倉くんは二度三度、その花を右手に振って撓らせると、左の掌へと花先をかるく何度か叩きつけて頭をふった。
 何する、つもりなの。
「この薔薇、なんて名前。こういうの、名前あるんでしょ?」
「……ロイヤルハイネス」
「へえ」
 浅倉くんは、すこし頭をかしげるようにして短く息だけで笑って、〈殿下〉という、いかにもそれらしい気品のある淡い花を手の内にくるみ、それから一枚、花弁を毟り取って弾くように投げた。
 花に罪はないと感じて眉を寄せると、浅倉くんの足がベッドにかかる。一人寝では意識したこともない傾きを感じ、その軋みに耳をとられて息をつめると、彼の手が私の身体に残された最後の守りへと伸びてきた。
 脱がされるのは別にいい。でも、顔をそむけたのを追いすがられて見つめられるのは恥ずかしい。しかも、あ、と思う間に強い力で膝を割られその奥へと手を差し入れて探られた。
「オレのこと責めて興奮した?」
 よね、と続けたのは彼がその指を唇へ運んでひと舐めした後のことだった。
 熱を帯びて潤うそこは先ほどの高揚を如実にとどめ、その秘密を彼の指に奪われた。さらには舌先に掬い取られ、味わい尽くすように転がされる様を見せつけられている。
「あんた絶対、素質あるよね」
 まったくはしたないにもほどがある。愛撫されたわけでもなく相手の性器に触れたのでもなくて、ただ後ろ手に縛った男の睫をカールしてこんなふうになってしまうのは淫乱にすぎるのではなかろうか。
 思わず唇を噛んで相手を睨み返すと、彼の指が再びそこへ潜りこみ割り開き、押し入ろうと蠢くのを察知した。頬に血がのぼりぎゅっと目を閉じていると、柔らかく、なんともいえずなまめいた重みが頬を撫でた。
「あ……」
 予期せぬ掠れ声は、その感触のもたらす快さだった。
「好い反応」
 含み笑いで囁かれ、あのあでやかな緑の葉末が胸の頂をかすめる悪戯に悲鳴をあげる。
「そのまま、感じてて」
 鼻先に散る香りに惑乱され、大きく息を吸い込むと葉摺れの音とともに肌を摩られた。乾いたものと艶をふくんだものと芯のある硬いものがそれぞれにあたり、掠れ、擦られ、食い込み、ときに包まれ、添わされ、くるまれて吸われ、口に含まされること全てを感じとり、そのたびに薔薇の香が眼裏に揺らめき、喘鳴に流されて闇に落ちた。
 唇の優しさや濡れた舌の執拗さ、指先の無遠慮な探求と汗ばんだ掌の力強さ、合わさる腹部の硬さや腕の重さ、それらのもたらす愉悦をかるがると凌駕するそのなまなましさは、不埒すぎるほど私を高みへと運びあげた。熱に溶かされた花芯のもたらす芳香と折り裂かれ滲み出た樹液の無惨な苦みを喉奥に味わいながら、背をそらし仰のいて痛苦から逃れようと足掻き、その動きを封じられて泣き叫ぶ。
 肋骨の隙間を引っ掻きながら無惨に押し入ろうとする棘に、明らかな悦びの声を聴くころには、手首の枷は外され、横様に圧し掛かられて新たな楔を穿たれていた。ささげもつ下肢と腰骨に食い込む指の力に慄いていると背後で律動を刻む熱いものが荒い息を吐いて名前を呼び、呼び返す唇を舌で塞がれた。その刹那、上下に熱塊で封をされ、行き場のない熱が内側で攪拌され、揉みあい、くびれ、互いに憤るようにぶつかって幾度もくりかえし爆ぜては散った。
 刹那の混濁の後ふと気づいて瞼をあけて、シーツの上に散り敷かれた花弁より自分の胸が紅潮し、艶めいて濡れているのを目にとめた。彼が気だるげに花びらを指先に摘まみ、そっと胸の尖りをさすりあげ、私が身をくねらして嗚咽に喉を襲われて涙を浮かべるようになると、すぐさま私の踵を肩にのせ再び深いところに己を主張しはじめた。
 さっき、早すぎてごめん。
 耳許でなにを囁くかと思えば、さきほどの荒々しく忙しない抱擁への謝罪であった。そういうことは今いわなくてもいいのではないかと思いながら、また、よかったから別に気にしないと返すのもおかしいだろうと考えて、酷く乱暴にされた自覚はあったので、うん、とだけこたえた。相手の耳に届いたときは、ただの喘ぎ声でしかなかったかもしれないけれど。
 オレ、死ぬかも。
 獣めいた息継ぎの合間にいうせりふとしたら、それらしいと思うべきか否か迷いながら手をさしあげる。あまりにも強く握られた手が恥ずかしくて、お腹の上で事切れるのだけはやめてと切れぎれに言い返すと、ホントもう、あんたってひとは、と突き上げられた。
 もう黙って。
 いい子にして。
 好き、本当に好き。
 一生はなれない、覚悟して。
 譫言の熱に煽られて惑うことなく手に届く、いつものあの頂きに達すると、呻き声のあと肩に重い頭が落ちてきた。そのまましばらく背を震わせて息を吐き、
 ああもう、オレ……死ぬ、死んだ……
 心臓を高鳴らせ、火のように熱い息でいわれても説得力は少しもなかったのだけれど、重いから退けというには哀れなくらい大変そうだとは思った。髪をくしゃくしゃにするみたいに撫でられながら、この熱と重みを感じたままここで眠られても悪くはないと、私はたしかにそう思い、けれどこのままじっとしていられては避妊の点で心配だと考えもした。
 浅倉くん。
 姓を呼ぶと、額に唇を落としこめかみの汗を掬いとってのち、目を合わせながらのそのそと離れた。サイチュウよりずっといやらしいことをしている気持ちになり、急激に襲いきた羞恥に目をつむる。すると浅倉くんも短く喉奥で笑い、なんだかふたりして声をたててその衝動に身を任せることにした。
 ひとしきり笑いあった後、浅倉くんが上目遣いで口にした。
 ね、もう一回しよ?
 えええええ。
 そんなおっきな声でノーって言わなくとも。
 だって。
 けど、あんた……。
 もう疲れました。眠らせてください。眠いです、とっても。
 彼は何か口を開きかけたけれど、私の脚のあいだに座ってこちらの顔を見下ろしたままそれ以上は言葉を重ねなかった。
 もちろん、彼の言いたいことはわからないでもなかった。私はそんなに気にしていない。それに、自分がとてもつれないことを述べているとも思ったけれど、もう色々と限界だった。それでも悪いような気がして、シャワー浴びたいから起こして、と甘えてみた。
 そろりと、膝裏と肩へ順にまわった腕に安堵して目を閉じる。
 お風呂でかるくじゃれあったのち、三度目にベッドにおろされたときの記憶はなにもない。はじめは緊張しているのを押し倒され、つぎは乱暴に放り出された。たぶん、三度目が一番こころやすく、そしてまたキモチよかったのだと、翌朝ひとりで思い出し笑いをするのだった。
 室内にたちこめる薔薇の香は翳に埋もれ何もかもを忘れさせるがごとく淫靡で、その朽ちた花弁と頽れた茎、引き千切られた葉の非道を覆いつくしてなまめいて。
 だからというわけでもないけれど。
 私は安易に意識を手放して、じぶんを好きだという男への全幅の信頼でもって眠りに就いた。
 明け方には話し合わねばなるまいと、小さいながらもやたら重く硬い石をからだの中心に据え置きながら。

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