唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 未告知

審判の日 未告知 (161)

   天使というのが、妙に嵩高い生き物だと知ったのは、それが初めてだった。
 翼があるというのは、しかもあんな場所にくっついているというのはどうやっても不自然なのだ。
「深町様、開けてください。サインしていただかないことにはお連れすることができない仕組みでして」
 真ん中の、金髪碧眼のいかにも天使らしい天使がにこやかに口にした。笑顔なのに、押しは強い。なんだこのひとたち。新手の新興宗教の勧誘か、訪問販売人かしら。
 それに今にして気がついたけれど、こないだ夢に出てきた天使とちがってみんな非武装で、もちろん両翼がそろってて、前のふたりはそれぞれ緋色に濃緑と金襴尽くしの盛装で、しかもみんな立派な光輪を頭上にのせていた。
「あの……それって、お断りすることもできるんですか?」
 見た目の印象では私のほうが十歳から二十歳以上年上のような気がするのに、妙に落ち着いて偉そうだ。それに、あちらはなんだかこの歪んだ画面越しに見てもやたらに神々しい。
「事情如何によっては配慮することもございます。いずれにせよ、こちらの契約内容をご説明させていただいてからの話ですので、ドアを開けていただけませんか」
 天使トリオとドア越しの攻防を繰り広げることになるとは思わなかった。だいたい、なんで玄関前なのだ。
「寝室やご不浄に突然あらわれては皆様方のご不興をかいますもので」
 いちばん若い、まだ十三、四の少年と見える蜂蜜色の豪奢な巻き毛の天使が瞳を伏せて、頬を染めてこたえた。彼が、はじめて声をかけてきたのだと理解する。
 緑の小人ですか、と突っ込みを入れるのを忘れた。彼らは心の中を読める。いや、それだけじゃない。本来は何でもできるのにこちらの流儀にあわせていると説明しているのだ。
 ぞっとした。
 それにしても、ふたりの後ろでさっきから一言も喋っていない茶色の長髪の天使が気になる。黄金の縁取りのついた白い服を着ただけで、手には抱えるほど大きな黒い本を持っている。こちらの視線に気がついて、まっすぐに見つめ返す瞳は深い藍色だ。
 その双眸に射竦めるように見つめられ、私が思わずたじろぐと、整った口の端がいかにも愉しげに、つ、とあがる。
 いま、バカにしたよね?
 絵に描いたような嘲笑を見せつけられてとさかにきた。それと同時に獏にぐずぐずするなと言われたことを唐突に思い出し、私は足音をたてて歩き、ドアを開けた。
 目を焼かれるかと思うほど煌くものが、けっして広くない玄関にぞろぞろと入り込んできた違和感に眩暈がしそうだった。それでも気をとりなおし、にこやかに述べる。
「どうぞ。いま、お茶をいれますから」
「いえ、ここでけっこうです」
「そんなことおっしゃらずに」
 彼らのためにスリッパを用意して、私は先に廊下を歩こうとした。踵を返したその場所で、かすす、とまさに羽箒を使うときのような乾いた音がして振り返る。靴を脱ごうとかがんだ天使の羽が廊下をこすっていた。たっぷりと量感はあるものの、羽一枚分の重さしかない感じだ。私は足をとめ、まじまじとその背中を見つめた。
 ゆうに子供ひとり包めそうなほど大きな純白の翼は彼らの背中から生えているのではなく、ぴたりと接着されているように見えた。衣服に切れ込みはなく、それを動かす筋肉組織があるとは思えないのにお互い器用に、狭い玄関で翼がぶつからないようにあげさげしていた。
 天使たちは順番に、生真面目なようすで洒落たレースアップの革製サンダルを脱いだ。あれ欲しいな、とちらりと思う。すると気安い声で、先ほどのハニーブロンドの少年天使が、よろしければさしあげます、と言う。こうなると、不躾なのはどちらかと判断に困る。
 褐色の髪の天使が振り返り、難しい顔をした私を見おろして微笑んだ。丸く特徴的な額、幅のある二重、中高の中性的な顔はレオナルドの絵によく似ている。さっきの態度は癪に障るが、こういう顔は嫌いじゃない。
「お出かけのところでしたね」
 予想よりずっと低い声に驚いたのを隠すこともできず、私は素直に返答した。
「ええ。どうしても、この用件だけはすましてしまいたかったので」
「では、出直して参りましょうか」
 提案は有り難かった。けれど、裏があるように感じた。それに、こちらにすっと身を寄せる距離のちかさに相手の体温を感じて対応に困った。そう、熱を放射しているということは、幻ではない。自分が夢を見ているとしたい気もあるが、どうもそういうふうでもない。私はすでに獏という不思議を知っていたし、彼女から話があったのだ。それを疑うべきではない。
 すると、こちらの考えを見透かしたのか、相手は先ほどと違うやわらかな笑みを返してくる。その後ろではようやく靴をぬぎ終えた金髪の天使がわずかに瞳を細めて私を見ている。こちらは万人に好かれるラファエロ的に甘い風貌だ。そして、私のいちばん好みの顔をした年若い天使は、なにに驚いたものか瞬きをくりかえしていた。
 どう見ても、この本を抱えた白服の天使がいちばん偉いってことで間違いはないようだ。となれば、このいけすかない相手からはなしを聞くしかない。
 私が覚悟を決めて顔を向けると、相手はもったいぶった様子で口をひらく。
「そのかわり、契約事項をひとつ、つけ足していただきます」
「どんなものですか」
「索敵具の貸与です」
「サクテキ?」
「片翼の天使を見かけませんでしたか?」
 それは、夢のなかで遇ったよ。なるほど、アレもこのひとたちの仲間だったのか。
「あれを、貴女の守護につけましょう」
「ちょっと待って。あのひと武装してたじゃない。それって私、いわゆる前線配備ってやつなの?」
「ええ。賢明なご推察ありがとうございます。ただし、いくつか訂正させていただきます。貴女にしていただくのはあくまで探索で、戦争ではありません。さらに、わたしもここにいるモノも片翼の天使も《人》ではなく、貴女方の使役具です」
 どこにどう返答すればいいのかわからなかった。私の混乱ぶりを愉しむように微笑みながら、自分を道具だという天使は正直とても不気味だった。だいたい、こんなコスプレして日本語をしゃべるって気持ち悪いんだよね。ああ、これも読まれちゃってるのか。
「……あなたたち、ナニモノなの?」
 究極の質問をぶつけてみたが、
「それは、おこたえできかねます」
 慇懃無礼に断られた。
「あなたたちが地球侵略者じゃないっていう保障はないよね?」
「貴女のご友人の時任獏様では、保障の限りではございませんか?」
 うわ、小首をかしげて迫られたよ。
 私は引き結んでいた唇をゆるめて息を吐いた。獏のことは信用している。わざわざあんな電話をかけてくれたのだ。
「それで、私はなにを探さないとならないの?」


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