唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 悔悛

審判の日 悔悛 (164)

  「どういう、こと……」
「一昨日、電話がかかってきたのよ。地球人類が困ってるとかいって、なんだか《選ばれし者》にリストアップされてたらしくて、なんかわかんないけど、お迎えが来る確率は五割って言ってたから、だいじょうぶかなあって思って」
「五割って、ぜんぜん大丈夫な数字じゃないよ!」
 ミズキさんが真剣な顔で怒っていた。そうか。半々ってのは世間ではそういう認識なのかと、頭のすみでちらと思い、私はあちこちで約束を破りまくる女だと反省した。
「だいたい天使って何者なの? 宇宙人?」
 びっくりするほどイライラした口調で尋ねられた。ミズキさんのこんな様子は初めて見た。これは、ちょっとコワイかも。
「知らない。こたえられないって言われたし」
 彼はかぶりをふってから私の肩を離して大またで歩き、パソコンの前に座った。
「ミズキさん?」
 彼は受話器をもって、こちらを見た。
「天使たちの容貌服装は?」
「ちょっと、なにするつもり?」
「捜して、狩る」
「狩るって、そんな……」
「地球人誘拐犯でしょ。捕まえなきゃ」
 言うことは至極もっともに聞こえたけれど、自分のなかの野蛮を制御しきれていないのだと気づこうとしないひとの狡猾さを感じた。
「ミズキさん、相手はニンゲンじゃないんだから、ここは潔く降参が正しい姿勢だと思うけど?」
「なんで」
 受話器をおろし、今度はメールを打っている。このひとの交友関係で探せばすぐに見つかるのかもしれないと背筋が寒くなった。
「とにかくその件は、卑近な問題について話し合ってから後にしない?」
 彼は手をとめて、ようやくこちらを見た。話の意図を察したようだけれど、立ち上がらなかった。
「ミズキさん」
 一歩、足をすすめると彼の肩が震えた。私はそこで腕にかけていたストールを椅子の背にかけてバッグをおろしてきいた。
「給湯室どこ? のど渇いちゃった。コーヒー苦手だから、お茶いれたいんだけど」
 ミズキさんがうつむいた。かるく笑ったのだと、気がついた。それから彼はまっすぐにこちらをむいて私を見た。やっと、いつもの調子に戻っていた。
「こないだ、飲んでたよね?」
「わざわざ淹れていただいてしまったのでね。出されたものは、飲み干す信条なの」
 彼が腰をあげ、他のテナントと共同で綺麗なところじゃないし水も不味いからペットボトルのお茶で我慢して、と口にした。温かいものが飲みたい気分だったのだけど、しょうがない。
 私は衝立の後ろからにょきと差し出された冷たいボトルを受け取った。誰の席かわからないものの彼の座っていた席のとなりの椅子の背をくるりと外向きにまわして腰かける。
 蓋を開けようとすると、紙コップはあるから、と言われたのでもったいないような気がしたけど頂戴した。服装によるけれど、ペットボトルに口をつけてそのまま煽るというのはなんとなくすこし抵抗感がある。そぐわない感じがするのだ。
 ミズキさんは私から一メートルほど離れて、それでも横に並び、立ったままデスクに寄りかかるようにして缶のジンジャーエールを飲んでいた。あ、そのほうがよかったかも、と思うと、こちらを見おろした。
「飲む?」
「うん。ちょっと、飲みたい」
 紙コップをさしだすと、考えるように首をかしげながらついでくれた。長めの前髪が額にさらりと落ちかかる感じが、今日はやけにやつれた風だ。
 この頽廃的な雰囲気こそが、本来のこのひとらしさなのかもしれない。何もかもを投げて、諦めて、鬱々と世を僻む自分の弱さを渾身の勢いで憎むことで、ミズキさんは自分を立たせようとしてきたのだろう。彼はそれを私に見せようとはしなかったけれど。今は、わかる。
 そんなことを思いながら炭酸が喉をつたう爽快感にひたっていると、彼がふうっと息を吐いてつぶやいた。
「君、ちっとも緊張しないね。僕が何したか、知ってるでしょ」
 私は紙コップをつかんだまま、けっしてこちらをまっすぐ見ようとしないひとを見あげた。腕をのばせばすぐに届く距離で、彼はなんでもない顔を装ってきいてきた。
「君には酷いことしないって思ってる?」
「それは、そうさせたアサクラサトシが悪いというか、はっきりいって大バカだと思ってる」
 私のこたえに不満足だったのか、彼が眉をひそめてつぶやいた。
「死ねばいいって思ったよ」
 露悪的な態度でそれくらいのことは言うだろうと予測していた。こちらの反応を見守る視線がなかったことで、言い返す。
「でも、浅倉くんが生きててよかったって思うでしょ?」
「思わない」
 声が、低かった。瞳をあげると、右手に缶を握ったまま顔をそむけていた。その爪の先が白くなっていて、思わず視線をずらす。
「それで、私のことはどう思うの」
 返答なし。
 まあそれもそうだろう。このかっこつけのミズキさんが声をあげ、酷く汚い罵り言葉を投げつけるのは難しいに違いない。密閉された空間とはいえここはオフィスで、すでにもう十分、彼は自分の暴力性を認識したはずだ。
「ミズキさん、もしかしなくてもひとの心が見えるんじゃない?」
「そんなわけないよ」
 言葉だけの否定だとわかった。私がそう思っていることで、彼が吐息をついてゆるゆると首をふった。
「姫香ちゃん、僕は」
「私は見えたよ」
 彼が息をつめてこちらを凝視した。
「小さな頃、まあ十代前半くらいまでは、ある程度、できたの」
「姫香、ちゃん?」
「遠くのものもよく見えたし、音やひとの声に色がついてたし、これから先に起こることもわかったの」
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