唐草銀河

「遍愛日記」
3月22日

3月22日 (20)

   雑居ビルの五階、スロージャズがかかる創作和風料理店。浅倉くんとなら、ハードロックカフェでTVを見ながら油物を平らげて締めはアップルパイというノリのほうがそれらしいと思うのに、そうはならない。もちろんデート仕様のレストランみたいなとこに連れてこられても困る。
「少しの間、手伝ってたとこなんすけど」
 カップルに見えたらしく受付のお姉さんに朗らかにビューシートに案内されてしまった。こういう半密室みたいなところに押し込められたくなかったのだが、しょうがない。
 ガラスに仕切られた坪庭風スペースの上は吹き抜けになっていて、孟宗竹がすっくと立ってライティングされている。意味もなく結界を置いた石庭風なつくりは褒められたものではなかったけれど、竹はみごとだ。
「とりあえずビールでいいっすか?」
 浅倉くんは、ナマふたつ、と注文してから手書きのお品書きのほうを手にした。
 揚げモノ苦手でしたよね。うん、でも天麩羅はちょっとそそられる。ここ、生モノいけるんで刺身にしますか。あ、だったら日本酒がいい。辛口。そう、冷で。
 気の張らない相手だといつまでもメニューを選べない私をよく知っていて、浅倉くんが注文する。この手のことは任せて安心なのだ。美味しいものに鼻が利くタイプで追加注文の量とタイミングは外さないし、テーブルを片付けるのも億劫がらず、誰が何を食べてどれくらい飲んでいるのか、または遠慮しているか潰れていないか、ちゃんと見ていてくれる。小器用というか危なげなくて、お姉さん気質の来須ちゃんにいつも心配をかけていた自分と引き比べて、ほんとのところ羨ましかった。
 あの竹はエレベーターに入らないのにどうやって搬入したんだろうと思いながら、ジョッキを掲げて乾杯し、もずく酢の三杯酢を味わっているところでいきなり。
「センパイ、ミズキと付き合ってるんすか?」
 う、く。喉に、酢の物の細長いもずくが絡んだ? お箸を投げるようにおいて、両手で口を覆って咳をした。うわ、絶対、変なトコ、入ったよ。次々と咳が出てとまらない。吹き出さなかっただけよかったかも。上顎の奥のおくを、酸っぱいものがなぞっている。
「だいじょぶですかっ、すみません」
 そんなにうろたえて謝られても遅いよ!
 涙目で睨むと、小さくなっていた。お水、頼んでくれているけどもう、いいよ。ジョッキを煽ってやりすごす。胸をたたいて、やっときたコップの水を飲んだ。はあと深く息をついだところで。
「……落ち着きました?」
 こわごわと亀みたいに首をすくめてきかれたので、もう一度、今度は別のため息をつく。
「あのね、それ、どっから出てくるの?」
 まだ、どっかに引っかかってる感じだし。
「どこからって」
「どうしてゲイのミズキさんと私がつきあわないとならないか聞いてるの」
 浅倉くんは目をぱちくりさせて、唇をかむように下をむいてから口にした。
「ミズキ、ゲイってわけじゃないっすよ」
 この位置だと、あちこち不揃いの密な睫がばさばさする音が聞こえるような気がした。彼はいったん頭を抱えるようにしてゆっくりと腕をおろし、顔をあげて首をふった。
「や、まあ、それはいいや。ていうか、センパイがミズキの彼女だって聞いたんですよ」
「誰に」
「店の子に。友枝さん」
 浅倉くんの元カノじゃないの、と言いたいのをぐっとこらえた。
「電話もメールも頻繁だし、何度もデートしてるって」
 戯言を口にする浅倉くんを無視して、今きたばかりのお皿を見わたして、お互い取りやすいように位置を動かした。それでせっかくだから熱いものは冷めないうちにいただこうと箸をのばす。
 あ、私、今年初のタラの芽だ。春野菜ってなんて美味しいんでしょ。お刺身は保証どおり。この海老シンジョはちょっとパンチにかけるかな。お茶の先生のお宅でいただいたほうがおいしかった気が……真鯛のカルパッチョはどうだろう……。
 その間も浅倉くんは無言で私を見ていた。うざったいので、お箸をおいて、ビールで流し込むようにしてから否定した。
「それはHPの打ち合わせだよ。デザイナーの小笠原さんにも会ったし。そしたら彼の知り合いのコレクターさんから絵の予約注文が入って、それで」
「じゃあ、ミズキとは付き合ってないんですね? あいつがそのつもりでいても、センパイは違うってことでいいんですね?」
 続きを遮るほどの勢いで確認しなくてもいいじゃない。そう思ったのが伝わったようだけど、彼はこちらの顔を見続けていた。私も自分の絵が売れたとウキウキ自慢話をしたかっただけで、話をそこで切られて大人気なく怒る理由もないんだけど、いや、だからこそなんだかムッとしていた。それと同時に、黙っているのはフェアじゃないと思って、相手が気にしていることは告げた。
「たしかに、冗談みたいにつきあう気はないかきかれたけど」
 浅倉くんの片眉が動いた。
「それでセンパイ、なんてこたえたんですか」
 それは、こたえたくなかった。ミズキさんに失礼なことを口にしたのはこの私だ。でも、それをここで詳らかに開陳する気分には到底なれない。
 そんなふうに睨まれるとコワイんだけど。眼力アリアリなんだからさあ。と思いながら、そうでもないか、と開き直る。今日は、そんなでもないみたいだった。
 ところが、こちらが怯まなかったとはいえ、相手は目をそらす様子は微塵もない。なんで私がここで折れないとならないのよ。そう思うのだけど、こうなったら浅倉くんが梃子でも動かないことは知っている。
 せっかくとりあげていたお箸を左手で受け、右手できちんと揃えて箸置きにおいて、向き直って口にした。
「つきあってないって言ってるじゃない」
「じゃあオレと付き合いませんか」
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