唐草銀河

「遍愛日記」
3月22日

3月22日 (24)

   不穏なことを口にするので呆れながら、そういうのはやめたほうがいいと思うよ、と真面目にこたえた。すると彼はなぜかうれしそうに笑う。
「姫香ちゃんがそういうならやめる。ねえほんと、来てくれると助かるんだけど。是非とも力になってほしいな」
 この声で言うか。ひとタラシだなあと思いつつ、私は髪を直すようなつもりで頭を揺すって背筋をのばして口にした。
「とりあえず、後ほどよく話を聞かせてもらいたいです」
「ありがとう。即座に断られなかっただけラッキーだって思うし、そう言っとくよ」
「浅倉くんに代わろうか」
「いや、いいよ。忙しくなるぞって脅しといて」
 忍び笑いで、じゃあね、と向こうから切った。電話を閉じてバッグにしまい、躊躇いながらも横を見た。浅倉くんは、耳の下あたりを覆うようにしてテーブルに両肘をついていた。話しかけづらいな。そう思ったところで、ふいと顔をあげてグラスをつかみ、何気ない様子でこちらをむいた。
「受かってました?」
「うん。ていうか、なんかお店のビルが取り壊されるみたいで、勤務条件が白紙に戻ったんだって。それでも良ければ来てくれとは言われた」
「じゃあ、とりあえず、おめでとうございます」
「ありがとう」
 一緒に、乾杯する。
 ちょっと、間があった。ええと、態勢をたてなおすぞ。まずは伝言だ。
「ミズキさんが、忙しくなるって脅しておいてって」
「まあ、ひと使い荒いんで、それはいつものことっすから」
「そうみたいだね」
「そうですよ」
 また、そこで間があいた。ミズキさんの相棒なんだからビルの移転についてもっと気にしたりするものじゃないだろうかとか、浅倉くんはレコード屋さんの店長だからソッチは直接関係ないのかとか、いや忙しくなるって言ったってことはそうじゃないな、などと余計なことに思いを巡らす私の横で、彼はぐいぐいと水のように煽っている。
「……それと、ごめんね。勝手にミズキさん、誘って」 
 細長い肢体が固まった。
「ア、サクラ君?」
 はあっと、すごい大きなため息をつかれてしまった。それから音をたててグラスをおろし、両手を膝のうえにおいて首を落としている。十五秒くらい、そのままだっただろうか。一分くらいにも思えるけど、意外とこういう時間て長いようで短いんだよね。
「まあ、仕方ないっすね」
「は?」
 まだ、下を向いている。
「や、まあ、しょうがないっすよ。うん」
 ようやく頭をおこし、自分でうなずいている。目はこちらを向いていない。でも、納得しているみたいだから、まあ、いいや。私は今の電話のあいだにすっかり冷めてしまったお料理を口に運んだ。
「お酒、追加する?」
「え、ああ。そうっすね」
 まだすこし上の空なようすだけど、お店のひとを呼び止めて注文した。その足音を聞いてお箸を手にしようとしたとたん、囁かれた。
「なんかオレ、何があろうとセンパイに頭あがんない感じ」
 そんなことはないと思うのだが、私はなにげに落ち込んでいるようすの後輩に、鼻で笑ってかっこうをつけてみせた。
「それが年功序列というヤツさ」
「そうじゃ、ないだろ」
 そんなに大きな声じゃなかったのに、自分の心臓が跳ね上がるのを感じて目をむいていると、決まりが悪そうな顔で横をむかれた。そげた、浅黒い頬に血が上っている。
 私は呼吸をととのえ、喉のしたに手をあてた。声が震えていないか確認するようにして、口をあけようとすると、先に言われた。
「すみません」
「浅倉くん」
 自分の声がかたくて、あまりにも無様で情けなくなった。ここはにこやかに首をふって謝罪を受け入れるところだろう。指の下で、日焼け止めを塗った皮膚がべたついているように感じた。真珠のチョーカーなんてつけてくるんじゃなかった。そこだけべつの生き物のように脈打つ肌が、うっとおしかった。
 ほんとは今日、「深町さん」て呼べばっていうつもりだったのに――
 相手の顔を見れず視線をしたに落としたままでいると、お酒がきた。彼はいつもの調子でお皿を返してまた何皿か注文し、それからこちらを振り返り、で、いいですか、と確認した。
 あわてて聞き返すと、そのお兄さんはお行儀よく丁寧に、私に向けてメニューをさしながら注文をくりかえしてくれた。浅倉くんにではなく、この律儀なお店のひとにむかって満面の笑みで、お願いします、とこたえた。
 そのまま浅倉くんは喉を鳴らして半分を一気に飲み干していた。その横顔を見ながら、彼が、何がうれしかったと言うつもりでいたのか聞きそびれたな、と思った。けれどもう、今さらだ。なんだか、なんでも言えているようで言えてない。学生の頃はもっと、好き勝手しゃべっていたんだろうか。忘れてしまったな。なにを話したかは思い出せる。でも、そのときの気持ちを、自分のなかで再現できない。
「センパイ?」
 頬のすぐ横に声がとどいた。
 首をふって、お箸を手に取った。そうか、こんな感じだったな。いつも気にかけられていたのか。目を合わせないでお刺身のホタテをとる。美味しいと言うことで、なんでもないと伝える。横に座るひとはまだやや緊張しているものの、目線はもどす。そうだった。こんな感じ。
 私が施設管理室のホワイトボードの前で肘を抱いて目を閉じて考える横に立って、どうしたいんすか、とよく訊かれた。センパイ言ってよ、その通りにするから。ソレが通りそうもないから考えてるの、ちょっと待って。でも、それがいちばんで正論だって思ってるんじゃないすか。そうだけど、あそこの部長、依怙地でカッコツケシイだから交換条件提示してちょっとは譲歩したとこ見せたほうが後の話がすんなりいくかもしれない。けどそれやるとキリがないってセンパイ言ってたじゃないすか? だから今、どこまでできるか使用条件組み立てなおして考えてるんじゃない――パイプ椅子に腰かけて腕組みした龍村くんが、どっちも強情って苦笑していた。
 懐かしさに、私はひとりで顔を伏せて思い出し笑いしてつぶやいた。
「あの部屋って鳥やら虫やらシャボン玉やら色んなものが飛び込んできたよね」
「ああ、軒下にツバメが巣つくってたし、あそこ角部屋で、窓開けっ放しで作業してたせいすかね。センパイ、よくトンボ逃がしてやってましたね。オレが羽つかむと怒ってさ」
「ああいうのは触っちゃダメなんだよ。触られるようにできてないからね。どうせ捕まえるなら、トンボは羽を痛めないように胴のところを後ろからそっと挟むの」
 オレ、あれ初めて見たとき手品か魔法かと思いましたよ、と口にした。おおげさだなあと笑うと、や、マジで見たことないし剣豪かって感じ、と真顔でこたえた。これだから都会っ子はと呆れながら冷酒をかたむけて、トンボは真後ろが死角だと教えてあげるのをやめた。それくらい知ってるだろう。浅倉くんはきっと、咬まれたことがないのかもしれない。いや、咬まれても気にならないのか。配布書類のわら半紙に血がついてはじめて、あ、指切ってました、とバンソーコーをねだるひとだから。痛くないのと傷口に眉をひそめると、平気すけど汚しちゃうとマズイんで、と手をさしだしてきた。
 今日はきっと、昔話の日なのだろうな。
 再会した日はとりあえず現状を語り合い、次の日は初対面のミズキさんを交えていたので大雑把な来し方を告げて世間話にうつつを抜かし、今日は思い出話に花が咲くというやつだ。さて、次があるとすると何になるのか……。
 先に相手から提示された札を、私はもてあましていた。手持ちの札を見るまでもなく、新しい札を切るときだ。そうして続けるか否か――考えたくない。
 隣をうかがうと、浅倉くんはもういつものペースでいた。つまりはその細い身体のどこに入るのっていう勢いで猛烈に食べていた。私も考えを放棄し、それにつられ、いや負けない勢いで、しこたま飲んで食べることにした。
 それから今日はお祝いってことでと言い張るので、ここは素直に甘えることにした。なにしろ今は無職なのだ。お会計をしてもらっている間にトイレに行ってしまおうと首を巡らすと、背中に声がかかる。
「センパイ、ここ、店の外にあるんですよ」
 外、か。
「すみません。外の、ダメでしたね」
 私は相手の顔をじっと見あげていたらしい。
「覚えてますよ。オレ、見かけによらず意外と使えるやつだったでしょ?」
 自慢げな口ぶりに、私はおかしくて笑いながら首をふってこたえた。
「いつも、とっても助かってたよ」
 浅倉くんは照れたようで瞳を泳がせた。
 飲み会の場所で、トイレがお店の外にあるのはダメ出ししていた。当時は、そこから無事帰還できない輩がいたから回収しに行くのが面倒だっただけで、いや、それだけならいいけど、よそのお店との共有スペースで大迷惑をかけることもあって……。
 どんな無茶な飲み方をしてたんだと聞かれると、救急車が来なかったのが不思議なくらい、としか言いようがない。パンツまで脱ぐやつはいるし、キスしまくるひともいるし(これは学園祭実行委員一の美女だったので、されたけど、いい)、とんでもないことが色々あったのだ。
「じゃ、お言葉に甘えてご馳走になります」
 きちんとお辞儀をして、ごちそうさまを言い、受付の女性に場所をきいて外に出た。
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