唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 悔悛

審判の日 悔悛 (170)

  「僕はそれでもいいよ。自分がこの屈辱的な状況をけっこう愉しめることがわかったから。でも、そうと気がつかなければここで君を無理やり押し倒してる。まあ実際そんなことしたら君は二度と僕に近寄らないだろうし、浅倉に殺されかねないからやらないけど」
 彼はそこで肩をすくめた。
「それに、そうすることは僕もあんまり楽しくない。君の嫌がることはしない。それくらいしない限り、僕は浅倉に勝てない」
 ミズキさんの顔を黙って見あげると、
「また、勝ち負けに拘って、って思ってる?」
「うん」
「しょうがないね。僕にとっては、君は運命の贈り物みたいなものだから」
 そういうのは絶世の美女に使う単語じゃないかと考えていると、彼は胡乱げにそこで目を細めた。
「これもまた、信じてないみたいだね」
「そうじゃないけど、ミズキさんが言うんじゃなきゃ吹き出すところだなあって」
 彼は眉をひそめて吐息をついた。
「僕の気をそごうとしても無駄だから」
「そういうんでもなくって」
 笑いかけると、彼の手が私の首にのびた。頬が強張り足の爪先に力をこめて退こうとすると、もう片方の手が腰にまわる。
「や……」
 こわかった。首許に添えられた手は少しも乱暴なところがなくて愛撫するかのように優しいのに、でも、違う。衝動的に殴られたりするほうがきっと、身を守ることが容易い気がした。
「逃げようとしなければ締め上げたりしないから」
 彼はそう私の耳のうえで囁いてから手をはなし、そのまま私をゆっくりと座らせ、一歩さがった位置で膝をついた。
「僕は、浅倉のいないところで君と一対一で出会っても、きっと君を好きになっていたと思う。けど、こんなふうに夢中になって頭がおかしくなるような深みに嵌まることはなかっただろうって想像できるんだよね」
「ミズキさん?」
「いや、そうでもないかな。もし一対一であったら僕が庇護者気取りで君を猫可愛がりして、ロマンチックな気分に浸ってるところで手酷い裏切りを受けて、逆上して君をうっかり殺してたかもしれない」
 どうあっても私は裏切り者らしい。
「そんな不満そうな顔しない」
 ミズキさんはくすくす笑いながらこちらの顔を見てそう口にした。
「でも、うっかりってひどくない?」
「うっかり、だよ。じわじわ君をいたぶる悦びを思いつけなくて、それをうっかり放棄するほど余裕がないんだから」
 息をつめると、頬をするりと撫でられた。ぞくりと、背が震えた。
「僕は、君の在りようにどうしようもなく魅かれてる。それは君自身というよりもしかすると浅倉と僕のあいだで作り上げてしまった幻想みたいなものだ」
「それと同時に、私自身が無意識にでも意識的にでも、鍛えあげたものだってことにもしてくれない?」
 ミズキさんはすこし驚いたような顔をして芝居がかったそぶりで両手をあげた。瞳があうと、彼は穏やかな表情のまま問いかけてきた。
「僕が、騙されていたのかな」
「そうじゃないよ」
 私は首をふって続けた。
「私には恋愛の主体性っていうのがよく理解できないの。なにしろこの年まで誰かを好きになった経験がないから。男って、ありのままの女なんてものを好きになったりしないものでしょ? 少なくとも、私はそういう男性と付き合ったことはない」
 彼はそこで一呼吸おいてからこたえた。
「まあ一般的にはそうだろうね。真実の姿を見せて欲しいって願うことはあるけど、それは他の誰も知らない、僕だけが知っている君であって、きっとほんとうの君とはまた違うものだよね」
 その通り。そして。
「ほんとうの私なんていないのかもしれないね」
「いや、それは絶対にいるよ」
 肯定されると思いきや、違った。目を見開いて相手の顔を見返した。
「どこに?」
「絵をかいてるとき」
 目をしばたくと、真剣な瞳で続けられた。
「僕がほんとうの意味で君に打ちのめされたのは、南流山で君がひたすら線を引いてたときが初めてだ」
「でもあれ」
「もちろんあれが物凄い作品っていうわけじゃない。でも君は自分のこころと身体を使うことの至福を感じてた」
「そ、こまで大げさなことじゃ」
「ないつもり? でも君、セックスより絵をかくほうが気持ちいいでしょ?」
 それは。
 だって。
 ここは何かもっともらしいことを言おうとして、言えずにうつむいた。だって、そんなこと、なんて説明すればいいんだ。そんな、それは、だって、わからないよ。比べたことないし。
 混乱する私へと、ミズキさんがやけに断定口調でつけたした。
「究極的にいうと、君は僕と寝ようが浅倉と寝ようがほんとは関係ないんだよね」
 さすがに何か反論しないとならないと瞳をむけると、言った本人は怒った顔も呆れた顔もしていなくて、なんだかびっくりするほど悟りきった様子で私を見つめていた。
「女性はたいてい最終的に目を瞑るよね」
「え? ん、ああ……」
 ようやく何をさすのか、理解した。
「僕は、目を開けて達する女性は知らない」
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