唐草銀河

「歓びの野は死の色す」

雫 1

   アレクサンドラ姫が退出してすぐ、隠し扉のむこうに佇んでいた人物が姿をあらわした。なにか思うところのあるような顔をしていたので、訊いてみた。

「あの姫君をどう思いますか?」
「どう、とは?」
「ぼくの依頼を実行してくれそうかどうか……」

 彼が素直にこたえるつもりはないようなので、かわって自分の疑問を口にすると、相手がいぶかしげに濃い眉をひそめた。

「殿下、貴方こそが、ヴジョー伯爵に惚れてたんじゃないですか?」

 黒衣の騎士のことばに、ぼくは微笑んでみせた。
 その漆黒の装束がものがたるのは、《死の女神エリーゼ》の神殿騎士たる身分だ。

「そこのところは、自分でもよくわからないですね。ぼくは可愛い妹のエリスをあっという間に取られたことにも腹をたてましたし、エリスが当然のようにぼくのたった一人の友人を虜にしてしまったことにも憎しみをおぼえましたので」

 ぼくの言い草に、彼は半ば呆れたようすで広い肩をすくめて笑った。
 彼が笑うと、こめかみの横の刀創が引き攣れた。ぼくは、それを見るのは好きだ。幾つもの戦場を傭兵として戦ってきた勲章らしく、彼はそれを隠さなかった。

「殿下のご質問ですが、実行はしても、遂行は難しいんじゃないですかね」
「あなたのいることには気がついていたようですが?」
「筋は悪くない。ただ、ちと若すぎる。頭と体が同じだけ鍛錬されてないんですよ。寝所に侍って油断したところを一突きにできる男なら別だが、なにせ相手は堅物の伯爵だ。そうはうまくいきませんよ」
「ぼくも同意見ですね」

 ひとりでに口許が緩む。
 あの炎のように美しい姫君に鼻の下をのばして気を許すような男ならよかったのだ。本当に堅物だから困る。なにしろ、このぼくが落とそうとして一度も靡かなかった男だ。いや、ぼくの誘惑にさえ気がつかなかったという手合いだった。
 それなのに、エリスの媚態とも呼べないような、羞じらいを含んだ微笑ひとつでコロリと落ちた。
 一目惚れという《魔法》の威力に、はたで見ていたぼくが驚かされた。

「それより殿下、あの女戦士をこんなに早く帰しては、エリス姫のご不興を買うんじゃあないかと、俺はそっちが心配ですが」
「ああ、それはいいのです。ぼくはエリスをのんびり遊ばせておく気はありませんよ」
「意地の悪いことで」
「褒め言葉と受け取っておきます。そうでなければ、どうして小国の領主になどなれるでしょうか?」
「ですね。ただし、ひとつだけ忠告しましょうか。そうした貴方だからこそ、心許せる誰かが必要ではないですかね?」

 ぼくは椅子から立ち上がった。

「そんな言葉を聴かされるのは心外ですね。アラン・ゾイゼ神殿騎士団長殿」

 名前を呼ばれた黒騎士はぴくりとも表情を動かさず、ぼくを見つめるだけだった。
 この男と会ったのは8年前のことになる。
 伝統的に、この国の神殿騎士団の団長職は、エリゼ公国の長男か次男が受け持つことになっていた。
 兄が死んで、本来ならぼくがその役目を襲うところであったが、からだの弱いぼくはその役目を免除された。事実、大人の女人ほども重さのある甲冑を身に着けて式典にのぞむのは、ぼくには酷なことだった。
 かわってその役に就いたのが、ゾイゼ宰相の婿養子たるこの男、アランだ。

「ぼくには友人も恋人も必要ありません。かわりに、この国と寝ます」
「殿下、国とは寝られませんよ」

 苦笑した男はぼくへと数歩、歩み寄る。

「貴方が女性であれば、俺は騎士団長などという地位でなく、この国の公爵位を望んだでしょうね」

 その手がぼくの頬にのびようとしたのをぴしゃりと叩く。
 この男は、ただ自分の地位をあげるためにゾイゼの娘と結婚した。当然、ぼくを好いているわけではなかった。

「そうして来るべきモーリア王国の進撃からこの国を守るため、命をかけて戦ってくださるとでも?」
「貴方のためでなくとも戦いますよ。それが俺の務めですからね」

 皮肉というのでもなく返った言葉こそが、この男の本心に思えた。

「騎士という身分のあなたがたは単純にできていて幸せだ。華々しい戦の勲しさえあれば、それで満足できる。戦の準備にも無関心で、戦後処理のことなど考えない。
 まして、力弱くただ屠られるだけのもの達に想いを馳せる頭もない」

  ぼくの嘲笑に、彼は今度は皮肉っぽい笑みを返す。

「俺は、土地持ちの君主ではないのでね」

 それが、究極のこたえだ。
 我知らず、吐息がもれた。
 誰かが代わってくれるなら、ぼくは今すぐ、この地位を退きたい。
 兄がいたころはよかった。ぼくは気楽な次男で、弱くても、不真面目でも許された。男の愛人がいようと、気に入りの女官に庶子を生ませようと、妹のエリスに「留学」を代わってもらおうと、黙認された。

「その逆に、俺は、殿下を真の君主の器だと思ってますよ」

 機嫌を伺うような声音で慰められて、ぼくは素直に弱気になった。

「ならば、この国をむざむざと侵略させぬよう機知のひとつも浮かぶだろうに」
「殿下、悲観的になってはいけませんよ。まだ、戦争が始まったわけじゃあないんですから」
「モーリア王の東征意欲は日々弥増していると聞かされて、安穏とできますか?」
「密偵や派遣使節のいうことは事実でしょうが、あの国の王はまだ若い。この国以外の帝国領の都市をひとつふたつ獲れば、気持ちもおさまるかもしれない」
「エリゼ公国こそが、本来の目的という話でも?」

 数日前に届いた報告では、モーリア王は酒席にて、この国の守護神である《死の女神エリーゼ》について声高に卑猥なことばを語ったそうだ。
 死を司るというその女にどれほどの力があるものか、伝説ではたいそうな美女だという話だが、青い血が流れるような血潮の冷めた女なら、さぞ抱き心地は悪かろうと。
 二十歳になったばかりの、つい先年、父王を毒殺して王位にのぼったと噂される国王らしいことばといえた。

「ならばいっそ、エリス姫をモーリア王に差し上げるってのも妙案だと思いますがね?」

 黒衣の騎士団長は、脅すようにぼくの顔を見据えた。





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