唐草銀河

「歓びの野は死の色す」
かけら

かけら 4

  「悪くないね」

 交渉成立。
 伯爵は、わが意を得たりって顔で微笑んだ。
 だって、しかたない。
 あんなの、黄金宮殿の晩餐会でも飲んだことがない。なにか変なものが混ざってるって聞かされても驚かないくらいの酩酊感。美味しいとか何とかっていう尺度をこえている。

「エリスがなんでこっちのほうが好きなのか、よくわからないよ」

 あたしが掲げた杯に、伯爵は肩をすくめて微笑んだ。

「あの方は、ふだん飲まれるにはこちらがお好きだというだけで、特別なときにはあちらを飲まれますよ」
「ああ、なるほどね。エリスらしいや」
「あの方らしいですか?」
「うん。快楽に溺れないっていうか、身に過ぎた贅沢をよしとしないっていうか、そもそもエリスは幸福に慣れてないんだよね」

 伯爵はそこで表情をくもらせた。
 あたしはその顔をとっくりと眺めた。考えてみれば、この男よりあたしのほうが長くエリスと一緒にいたのだ。それで、あたしのほうが彼女のことをよく知っていると自惚れるのは、浅はかなことだろう。とはいえ、この男のほうがエリスをよく知ってるとも思えない。
 あたしの知ってるエリスは美しい人だった。
 しゃらしゃらと衣擦れの音をたて昂然と頭をあげて黄金宮殿を歩き、皇帝陛下以外誰にも道を譲ることのない女。
 各国の大使たちがエリスに目を奪われて、いつまでも立ち止まってその艶姿を見送るのを、あたしは小気味よく眺めた。
 事情通のなかにはエリスが皇帝陛下のお手つきでないと知ると、ううん、たとえ陛下の寵姫だという噂通りであろうとも、熱烈な勢いで口説き落とそうという輩もいた。そのなかにはけっこうな大国の国主もいたし、あたしの目から見てもよさそうな男もいたのに、エリスはすこしもこころが揺れた様子がなかった。
 それはエリスが冷淡だからというより、男たちのことばを常に疑ってかかっているからに見えた。エリスは相手の嘘偽り、または曖昧さをすぐに見抜き、疚しさを寛容なそぶりで笑って退けた。そうして、至極真面目な求愛者たちの言にはそれが一時の熱病であるという揺るぎない確信でもって対処した。
 あたしはそんなことをつらつら思い出しながら、エリスはどうしてあんなに幸せになるのを怖がるのだろうと、血の色に似た葡萄酒の表をみた。

「エリスにはさ、自分の好みはあるけど、欲がない。だから相手の欲望のとおりに振舞える。エリスの頭のなかには『しなきゃいけない』ってことばかりで、自分が『したい』ってことがないんだよね。ないっていうより、思い浮かばないのかもね。
 今回、エリスが伯爵を呼び出してこんなことするの、あたしからすれば驚くくらい珍しいことだった。だからあたしは協力したし、伯爵を騙したりもした」

 あたしは、うずまき紋が両面に刻印された金貨を卓上で回した。伯爵はそれを見つめてから、視線でつづきをうながした。

「この国を離れることだって、他人の思惑だよね。エリスがいると同じ公爵位のオルフェ殿下の立場が危うくなるって考えたせいだし、なによりも神殿の都合がある。
 エリスは頭がいいから、自分がどう動いたらいいかってことはいくらでも考えられる。実際にそのとおりに動けるけど、ほんとうのエリスはじゃあ、どこにいっちゃうのかなって」
「それが、『高貴なものの務め』だとしても、貴女はそう思われますか?」

 ほんと、男っていうのは下らないことを考えるものだ。
 そう思ったあたしが喉を震わせると、伯爵は首をかしげた。
 高貴だの下賎だのって振り分けは、ことの始まりにいかにたくさん殺したか、または奪ったかの証だとすら考えないんだから。
 あたしは、そういうのにほんとは凄く、うんざりしてた。
 それと同時に、自分が嫌でたまらない仕事をエリスに押しつけたがっているってことにも気づいてしまった。エリスのためといいながら、あたしもエリスを利用している。
 けれどあたしは別のことを口にした。
 この男なら、エリスを止められるかもしれないと思って。

「たとえエリスが《死の女神》の真実の娘だとしても、内戦がつづく国々を勧進してまわるなんて狂気の沙汰だ。そう思わない?」
「あの方にはあの方のご意志がありますし、ただ闇雲に動き回ることで事態が改善すると信じておいでになるほど楽観的な方でもありません」
「それくらいはあたしだってわかってるよ。伯爵は、エリスが旅立つのをこのまま許すつもり?」

 返答はなかった。
 まあ、そりゃあそうだよね。こんなふうに監禁されて、許すつもりはないなんて憤ったところで、そんなの口先だけだ。伯爵は、そういう軽薄なことは口が裂けてもいえないはず。
 あたしは質問を変えた。

「ねえ伯爵、エリスの幸福ってなに?」





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