唐草銀河

「歓びの野は死の色す」
細かな文様

細かな文様 5

   オルフェ殿下はあたしをまっすぐに見て、口にした。

「貴女は帝国の姫君で、この国は帝国領なのです。ぼくは貴女に抵抗できるだけの力がない。貴女の、というより、陛下のご意向はもっともなことです。くりかえしますが、エリスを女公爵にして、その夫に親帝国派で武勇を謳われる名門ヴジョー伯爵を迎えれば、帝国としては安心していられるでしょう」

 あたしは頷くこともしなかった。
 彼は自分が死ぬことで何もかもがうまくいくと考えている。ただし、それはエリスが無事でいてこそのことだ。
 あたしは月の君に信用されていない。《死神トト》を寄越されたってことは、そういう意味だ。
 でも、そもそもの始めから、あたしは月の君の命令を受けたつもりはない。
 あたしは、エリスの自由意志で彼女を帝都へ連れて帰りたかった。
 皇后の地位へ押し上げたかった。
 エリスを説得できずにあたしが時間を引き延ばした分、月の君は自力で動き出した。
 大砲のことも、そうだ。
 あたしはたしかに反対した。なのに、それを運んでこようっていうんだから、あたしの意見が無視されたってことだ。
 そして、もっと恐ろしいのは、陛下がほんとうは何を望んでいるのかわからないということだった。
 違う。よく、思い出せ。
 陛下はまっとうなことしか口にしていない。あれが本気の本音だって、あたしは知っている。だとしたら……あたしは、あたしの思うとおりに動けばいいってこと。
 月の君があたしを待てなくてトトを寄越したっていうのなら、ならばこちらも、それ相応に動く。

「殿下、今でも伝説の空井戸はあるの?」

 あたしの唐突な質問にも、オルフェ殿下は驚くようすもなくこたえた。

「ありますよ。空井戸ではなく、ここへと通じる地下通路ですけれど」

 あたしたちは瞳を見交わし、かの伝説の場所を訪れようと意志をかためた。
 オルフェ殿下は幾つも指輪の嵌められた手をさしだしてきた。よく磨かれた爪をもち傷ひとつない大理石の彫像のような手を見つめ、あたしは自分の無骨な、血と汗と泥にまみれた手を握らせるのをためらった。

「アレクサンドラ姫?」

 あたしの名前を呼びながら、彼はすぐに手をとった。

「明かりは持っていきますが、離れないほうがいいでしょう。ご不快でも、我慢してください」

 こちらの躊躇を嫌悪と勘違いされたとはわかったけれど、今さら違うともいえなかった。それに、よくよく考えてみると、あたしは誰かに先導されたことがない。
 こういうとき、ありがとうとでもいうのかしら?
 エリスが陛下に手を取られて歩いていた姿が頭にうかび、至極当然のように振る舞っていたと思い返す。
 あたしはこんなときなのに、こういうのも悪くないと、自分の口が緩むのを感じて、あわてて気を引き締めた。

 エリゼ公国には建国の「伝説」がある――
 古の偉大なる皇帝ユスタスが《歓びの野》で蛮族を討ち果たし、
 この地で戦の傷や疲れを癒しておられたころ、
 闇をまとった見目麗しい女神があらわれて、
 次のように謂う。

 皇帝ユスタスよ、日の神の末裔たる陛下の甥、戦で亡くなったオルフェの息子にこの地を治めさせなさい。

 陛下は女神の出現に恐れ戦きながらも返す。

 いと賢き死の女神様、オルフェは未婚のまま戦死しました。子はおりません。

 女神は艶やかに微笑み、こう告げた。

 妾がかの地でオルフェと交わり子をもうけました。城の地下深くで泣いているので抱いておくれ。

 はたして、夢から覚めた陛下は不審に思いながらも城の地下へとおりていった。
 すると、地下牢よりもまだ下、空井戸の底に赤子が泣いていたそうだ。
 陛下はかしこみて御自ら縄を伝っておりて赤子を抱き上げ、その子にこの国を譲ったという――

 あたしたちは今、その「伝説」の一端となる場所にいた。

「こんな地下道つくるって一体どういう心境なのか疑うね」

 あたしのつぶやきに、オルフェ殿下は額の汗をぬぐいながらこたえた。
 あたしはこれ以上ないほどゆっくりと走っていたのだけれど、それでも、殿下は苦しそうな顔をしていた。それで速度を緩めると、彼は怖い顔をして、まだ走れますとこたえた。

「ユスタス陛下の乱心説……つまり、不死の妙薬を求めて《死の女神》へと会いにいったという説もありますが、真実は、このあたり一帯の封建貴族との共同防衛壁の建造が主目的だったようですね」
「まさか」

 信じられない思いで首をふると、

「むろん、それは構想だけで終わったようです。なにしろ資金がもたなかった。ただし、抜け道はつくってあります」
「本当に?」
「ええ。ユスタス陛下が建造したものでも、わが先祖が掘ったものでさえなくて、《死の女神》の神殿が、民人を逃がすためにつくったものですけれどね」

 彼はにこりと笑って続けた。

「《死の女神》の神殿は老獪ですよ。ぼくでさえ、その正確な位置は知らない。大教母しか、知らされていないはずです」
「大教母はいま不在じゃなかったの?」
「ええ。ぼくの母はその器ではありませんから」
「ということは、エリスが?」
「エリスがその場所を知っているかどうかは、謎ですね。それに」

 そこでことばを止めたのは、エリスの安否を気遣ったせいなのかと思っていると、彼は眉をひそめて口にした。

「もしかすると、貴女に伝説がつたわっているように、ヴジョー伯爵たるルネもある程度は知っているかもしれませんね。なにしろユスタス陛下に死の女神のご神託があるまで、この地はヴジョー伯爵領だったのですよ」





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