唐草銀河

「『歓びの野は死の色す』外伝」
月の花

月の花 5

   彼と知り合って一年がすぎた。
 その年の五月、わたしは珍しくルネ・ド・ヴジョーを私室へと呼びつけた。
 大神官から彼を説得してくれと申し入れがあったのだ。
 大神官がわたしと彼の間柄を知っていたことは意外だった。
 そして、そう思ってからすぐに、彼ではなくこのわたしに太陽神殿の密偵がはられていることを察した。
 養父であり義父である男とわたしの妻が死ねば、わたしはこの世界でいちばんの金持ちになるのだった。
 わたしはそのことを以前から身にしみて理解していたはずが、この一年ほど忘れていたのだった。少なくとも、ルネ・ド・ヴジョーと会っている間は、わたしはそれをすっかりないことにしていた。
 彼は、そうしたことに頓着しない性質で、相手が誰であろうと自分の意見や考えをまっすぐに述べた。その清しさを、わたしは愛した。
 その一方、彼は自分とわたしが親しい間柄であることを誰にも口にせず、もちろんそれに甘えることもなかった。
 たまに二人だけで会えばせんのように酒を飲んで軽口を交わしたりするが、ひとのいるところでは改まった態度を崩さずに宮殿で過ごしてきた。
 だから、彼がわたしの私室に足を踏み入れたのはそれが初めてのことだった。
 気後れもなく部屋に入ってきた彼は、神官職だけが許される純白の高貴な式服を身に着けていた。歴代最少年とはいわずとも、それに近いほどの異例の出世であった。
 すぐさま用件をつたえ仔細を問いただすと、彼は正直にこたえた。

「たしかに、夏至の日は陛下の近侍の役を賜るとのお話がありましたが、大神官様にお断りいたしました」

 真顔でそう言ってのけた顔を見て、わたしは暫く声も出なかった。まさか本当にすぐさま断っているとは思いもしなかったのだ。

「ルネ、なんと言って断ったのだ」
「先約があると」
「先約!」

 笑い声が喉で凝った。

「皇帝陛下の命令を、この大陸中でその役に就きたいと願う大勢の若者があるというのに断ると?」
「まだ正式な宣旨は出ておりませんので」
「そういう問題ではないだろう。そなたのすることは不敬罪にもあたる罪ではないか」

 わたしの叱声にも、彼はすこしも挫けるところがなかった。

「不敬罪に相当するとは思われません。夏至の日の近侍は、将来この帝都で陛下のお側にあって身を立てるものの証ともなるべき役目でございます。なれば、私は国に帰りますことは確実ですから、他にお役目に相応しい貴族の子弟にお譲り申すべきかと存じます」
「不遜ではないか」
「たしかに、私ごときが帝都の名門のみなさまを前にして不遜ではありましょう。それは考えました。ですが私は貴方様とお約束いたしましたので」
「そなた、陛下の命を断った上で、私と一緒にのこのこと街を連れ立って歩けるとでも?」

 彼はそこでいったん唇をひきむすんだ。
 それから軽く頭をふり、頬にかかった髪を耳にかけやってから、わたしの視線にひるむことなく口にした。

「できるとは、思っておりません。街中はともかくも、この一年で私も宮殿内のひとびとに顔を覚えられました。貴方様のご迷惑になるようなことは避けなければなりません。
また、太陽神殿の上層部ではこの内示はすでに広まっておりますので私がお断りしたとあらば、不敬との噂になると大神官様から諌められました」
「ならば」
「さればこそ、私は先約と称して《死の女神》の神殿に詣でようかと思っております」
「笑止な! 太陽神殿の神官が、夏至の日に《死の女神》の神殿に詣でてどうとする?」

 わたしのその言には、彼はゆっくりと首をふり、慎重な態度で返した。

「貴方様が月の神の異説をお話してくださったように、太陽神の神話にもまた違った伝説があるのです。
 《死の女神》の力のいちばん弱くなるときにこそ、日の神は常に自分の力を上回る偉大な女神をいとしんでその近くに参るのです。短夜を共に愉しむのでなく、ご自分の神としての御力をお渡しすべく、共寝するのです。
 そうして日に日に夜がまた短くなるのは日の神がご自分を犠牲にされたせいで、また、冬至の日には逆に闇の神である女神が日の神を抱き取ると聞いております。
 私の祖国では、太陽神の神官は夏至の日に《死の女神》の神殿に詣でます。私は祖国で神官になるためにこちらへ参りました。こうして神官になれました今、その伝統は守りたく存じます」

 わたしはルネの真摯な声に聞き入っていた。
 実のところ、わたしもその話には覚えがあった。それは、今ほど太陽神の信仰が盛んではなかったときの伝説だった。
 つまりは、皇帝陛下の威信がまださほど強くなかったころのことだ。

「ルネ、そなたはやはり異国人であるのだな。それはやはり、どう解釈しようと陛下への不敬で裏切りだ」

 わたしの声に、ルネは肩を落として微笑んだ。

「そのようですね。ですが、私は貴方様とふたりであの神殿に詣でたいのです」

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