唐草銀河

「『歓びの野は死の色す』外伝」
空が青いと君がいった日

空が青いと君がいった日 5

   自分が何を求めているのか想像して笑った。
 わたしはただ、自分の欲望のままに「力」を振る舞いたいだけなのだ。
 それを名誉だの正義だのとわかりやすい言葉で粉飾し、誤魔化しているだけだ。
 むろん、それを今ここで口にしてもいいわけではなかった。
 それでも、彼の誤解だけはといておきたい。

「わたしは真の騎士ではないよ」
「そうですか?」
「ルネさまのような方をそう言うものだ」
「俺、そういうあの方を作ったのって、アンリさんなんじゃないかって思いますよ。まあ現実的にはアンリさんだけじゃなくて、ニコラさんも含めて神官様の周りのひとみんなだ。神官様はお姫様のことは諦めたのに、ヴジョー伯爵であることはやめない。それってそういうことですよね?」

 彼はわたしを責めたわけではなかった。
 その証拠に、続いた言葉はかるい笑いにまぎれた。

「あなたは着るものと食べるものと眠る場所があれば生きてけるといったけど、俺の見るかぎり、たいていの人間は何のかんのいってそれだけじゃ駄目なんです。誰かに、何かに、縋らないでは生きてけない」
「君は?」

 わたしの口をついて出た問いに、ジャンは肩をすくめた。

「太陽神殿そのもの、かな。この世からそれがなくなってしまったら生きてけないって思うのは、それくらい。恋人もいないし友人もいない。家族はみんな死んじまったしね。縋るのが人間のほうがマトモなような気がするんですが、いないんで、しょうがない」
「けれど、対象はどうあれ、そういう執着は醜いものじゃないかな?」
「ああ、その気持ちはわかります。でも、キレイ汚いは二の次で。善なるものと美しきもの論理は古代から今でも帝都学士院あたりじゃ侃々諤々議論されてるでしょうし、有用だけど、俺、自分も含めてぐだぐだに弱くてみっともない人間、けっこう好きなんですよ」

 それに気づいたら楽になりました、と照れ笑いをした青年を、わたしは黙って見つめた。そして、かるく頭をひとふりして思ったことを告げた。

「君は、太陽神殿の歴史に名を残す神官になると思うよ」
「そうですかあ? いまの俺、無位無官ですよ?」
「まあ、うまくすれば、の話だがね」
「ああ、そういう無責任な言い方はいかにもアンリさんらしくて嫌いじゃないですねえ」

 皮肉の色もなく、とても健やかな笑顔だった。
 わたしは、この若者に自分が嫌われていないと知った。

「あああ、ほんと、今日も抜けるように空が青いや。この分じゃ、畑仕事に精を出さなきゃまずいですね。すぐに背丈が伸びちまう」

 両腕を空へと突きあげるようにして空を仰ぐジャンの横顔を盗み見た。思いのほか端正な鼻梁と男にしては繊細な頤の線を目にし、少しばかり浮かれた自分へと重石をするように、彼の名前をよんだ。

「ジャン、その前に、ロベール親父の店で豚挽肉を買ってきてほしい」
「ちょっと待った。それって蛆がわいてるような古くて不味い肉を並べてる店じゃないですか?」
「文句を言うな。それに、さすがに虫が湧いてるものは売ってない」
「たまにはもうちょっとましな肉を食べましょうよ」
「ニコラと君が丹精して育てた香草があれば臭みは消えるよ」
「鹿肉とはいいませんから!」
「贅沢をいうなら、今日も豆の汁物とパンだけですますぞ」

 貴族のくせに貧乏たらしいんだから、とジャンが口を尖らせてぶつぶつ言っていたがそれを聞き流す。

「そういうことで、わたしはここで失礼する」

 湯屋の前で足をとめたわたしに、ジャンは苦笑した。

「アンリさんて、エミールには甘いよね」
「お望みなら、君にも優しくしてあげよう」
「気色悪いからよしてください」

 本気で怖気をふるわれて、わたしはいささか不愉快な気分になった。ジャンはこちらの不機嫌に気づき片頬で笑い、わたしの金髪を眩しそうに見ていった。

「俺、たまにあなたみたいになりたいって思います」
「は?」
「美男子で腕が立って頭よくて女にもてて」
「否定すべきところは確かにないね」
「ほ~んと存在自体が嫌味っていうか、しかも自由だし」
「そこは、どうだろうね」
「自由ですよ。あなたは自ら選び取って、太陽神殿にいる。とらわれたくて、囚われた。ずるいですよ」
「ずるいと言われても」
「だから、あなたは天辺にいかなくていいんですよ。その場所は、あなたの大事な人の場所なんでしょ?」

 先ほどの件を蒸し返されて、それが彼の謝罪と礼だと気がついた。

「すみません、心配かけて。たしかにあなたの言うとおり、俺は未熟です。もしかしたらあの女の人のことが面倒で投げ出したのかもしれない。それでも、俺は自分のやれることをやるしかない。だから忠告してくれて、ついてきてくれて、ありがとうございます」

 矢継ぎ早に言い切られて、わたしは少々面食らった。
 ジャンは言うだけ言ってすっきりしたという顔で、こちらを見た。

「ま、そういうことなんで、これからも、その調子でお願いします」

 彼は驢馬の手綱を片手で引いて、背を向けた。 
 先ほどのわたしの言葉をひきとってみせた青年の後ろ姿に、自分の口許があっけなく緩むのを感じ、笑いをこらえるのに苦労した。 
 長閑な蹄の音を耳にして上を向くと、彼のいうとおり空はどこまでも青く晴れ渡り、一片の雲もない。
 世は並べて事もなし。
 ジャンが、神官職の長衣を着るのはそう遠くないことだろう。

                                終



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