唐草銀河

「『歓びの野は死の色す』外伝」
ある名詞を巡る三つの物語

ある名詞を巡る三つの物語

     ~ある貴婦人の回想~

「姫様、鳩の血を使うのです」
 乳母の言いつけを守り、わたくしは処女の証しを純白のリンネルに残しました。女(ファム)に生まれたことを後悔した覚えはございませんが、不便なものだとは感じました。
 けれどもわたくしの夫、宮廷一の洒落男と目される王弟殿下はおやさしかった。新床のわたくしを気遣い、こうもお話しくださったのです。
 からだの力を抜いて足を開き、目を閉じておいでなさい。
 殿下、では、この口はどのようにしたらよろしいでしょう?
 あの方は、綺麗に整えられた髭のある口許を緩ませて鷹揚におっしゃいました。そうですな、そこは貴女のお好きになさるといい。
 殿下には、このわたくしにも幾許かの機智があるとお認めになったご様子でした。ですから、わたくしは安堵しておりました。いとも高貴な御方は、嫉妬などという野卑なものをお持ちになることは決してないのだと。



   ~ある若き賢人宰相の呟き~

 王弟殿下に妹をさしあげるのを拒む理由は何もなかった。男色家だという噂を否定するためにも、あの方には結婚していただかなければならず、また二十七歳の年の差も気にすることではない。
 結婚が決まったときにも妹は変わらなかった。いや、いくらか以前より快活になった。彼女は私と二人だけになると、笑いながらこう訊いた。
 お兄様、殿下がお床入りで場所を間違われたらどういたしましょう?
 私は妹の髪を撫で、つづいて髪よりもずっとやわらかなそれを唇で弄びながら、殿下に恥をかかせないためにも、おまえが上手に誘導してさしあげなければ、と微笑んだ。
 おまえ。
 私が女性に対して、おまえと呼んだのは彼女だけ。妻でさえ、そうは呼ばなかった。
 私のただひとりの女(ファム)。我が、妹よ。



   ~ある王弟殿下の告白~

 何故、このわたしは気づいてしまったのだ。あの女の嘘を。その、けっして許されざる不貞を!
 結婚の次の朝、彼女はこう囁いた。
 殿下は愉しむことがお好きですわよね? わたくしも不能の神の教えに従うなんて真っ平ですわ。お互い、他に愛人がいることを楽しまずに、どうして貴族の中の貴族と名乗れましょうか?
 その提案には喜んで同意した。当時、愛人にした男は鹿のように美しく、犬のように忠実で、賢くはなかったが、わたしをとても悦ばせてくれていた。わたしは彼を自分のそばに置くために、さる名門侯爵位を継がせたのだ。だが、彼はわたしの妻に嫉妬した。若く美しく教養があり、彼よりもずっと身分の高い女に! 
 わたしはいつの間にか彼女を受け入れていたのだ。女としてではなく、ただ、わたしと同じ不埒を楽しむ気質を、その自由な精神を、おのれの双子の魂のように慈しんだのだった。
 けれど彼女が想いを寄せていたのは、その、血を分けた兄ただ一人。王家より歴史が古い公爵家に生まれ、老いたわたしの兄にかわり賢人宰相などと呼ばれて国を預かるあの優男!
 それ故に、わたしは愛人の無謀な思いつきを止めなかった。だから、彼の銃が暴発してこのわたしが怪我を負ったのも自業自得なのだ。わたしが死ねば、彼女には莫大な遺産が転がり込み、再婚しない限り王族としての権利も守られる。
 死の床のわたしにも冷たい妻(ファム)よ。一度くらい敬称でなく、夫の名を呼ぶといい。それでそなたの嘘を許しはせぬが、その不義は美しく、わたしはそれにも魅かれたよ。そなたら兄妹と地獄で逢うのが待ちきれぬ。今度は三人で愉しもうと、命じるのだ。断ることは許さない。次はわたしが王になる。そのほうが、より愉快ではないか?
 来世でもお前を愛すと告白して、この口も目も閉じることにする。


 了(2009年5月10日)
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