唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 悔悛

審判の日 悔悛 (179)

  「そういう意味じゃなくて」
「そういう意味だよ。君は、そうやって浅倉に口説かれたんじゃないの?」
 図星をさされて呻きそうになった。
「浅倉に助けきてもらいたい?」
 楽しげな抑揚に聞こえた。
 どうこたえても、彼は私の返答を愉しむだろうことは理解できた。彼の気がかりはいつでも浅倉くんなのだから。
「浅倉の名前を呼びなよ」
 どちらか選べと、はっきりと、どちらが好きなのか言えと迫られているだけで、ミズキさんにいいようにされているわけではないと、私にもわかった。
 夜中に突然訪れたあの時からずっと、このひとはそう言い続けてきたのだから。
 そうわかっていても、私のこたえは一つしかない。
「自分の窮地くらい自分でどうにかするわよ」
「でも君は絶対自力じゃ逃げられないよ」
 暗に、逃げる気はないのだと言われた気がした。確かにそうかもしれない。
「そうね。でも、そのときはそのときだから」
「それだけの覚悟があればもういいね。あとのことは僕がどうにかする」
 聞きなれたその言葉こそ、諸悪の根源だった。
「どうにかって、絶対どうにもならないじゃない!」
 声をあげて身体を起こそうとすると、男の手が首にまわった。反射的に私のからだが縮こまる。
「そうだね。それはただたんに君の都合のいいようにはならないってことで、僕には納得のいく未来だよ」
 唇を噛んで、反論を堪えた。暴力に屈したせいだけでなく、彼の言うことはたしかにひとつの展望、彼にしても望んだわけではないまでも、考え抜いた先に示された道ではあると、頭のどこかで理解してしまったせいだ。
「僕は、浅倉ともう一戦交える覚悟があるよ」
「ミズキさん、自分のテストステロン量を減らしたほうがいいよ」
 男性ホルモンってほんと、厄介な代物だよ。まあ、それだけのせいにする気はないけど。
「僕のそれを上げてるのは君だよ。君と会わなければ下がりっぱなしだったもの」
 彼は喉を鳴らして頷いた。そうか、EDだって言ってものね。
「今朝だって、浅倉は僕に殴られればそれですむって思ってたみたいだよね。ところがそれじゃ僕はすまない。僕のこの先の人生をないようにして、殴られたくらいで終わらせようとしてるから、死ねばいいって思ったんだよ」 
 それは、私だけのことじゃないはずだ。彼と浅倉くんが過ごした時間ごと、浅倉くんがなかったようにしようとしたことに腹を立てている。
「……だいたいミズキさん、浅倉くんとケンカして負けると思ってないじゃない」
 呆れていうと、彼は苦笑した。
「浅倉はそう甘くないよ。それに勝負に勝っても君が手に入らなければ意味がない。君は、負けたほうに気がいきそうだからね」
 そうね。心理的に、どうしてもそうなりそうな気がするよ。というか私、あなたたちの勝負事の褒章品みたいに扱われていることに、ほんともういいかげん、腹が立ってしょうがないんだけど。
「姫香ちゃん、浅倉が自分のそばから去るのがいやだっていうなら、あとは君が引き止める努力をするといい」
「ミズキさん?」
「僕と寝たくらいで諦められるなら、もうそれでいいと思わない?」
 それは、私の問題じゃない。そう言いたいのに言えなくて、唇を噛んだ。無意識に頭をふったらしく、真珠のネックレスの留め金が、机に擦れて嫌な音をたてた。
「不満そうだね。君は、離れていくひとを追いかけるなんて、そんな勝算もない惨めなことをしたことがないはずだ。いつでも取り乱さず冷静で、自分で引き受けて納得してきた。自尊心を満足させるための相手に不足したことがないから、執着しないんだよね」
 口惜しいことに、返す言葉が見つからなかった。
「……今度も、そういくかな?」
 彼はうっすらと口の端をつりあげて続けた。
「正直にいえば、君が浅倉に捨てられてぼろぼろになったところを見てみたい。そうしたら、いくら君でも僕のこの気持ちが理解できるだろうしね」
 それが、本音だ。もう、ここまできてしまったらしょうがない。
 ミズキさんはここまでしてようやく、自分の気持ちを語っていた。これはなるほどハードワークだと、どこか遠くで浅倉くんに賞賛の念を送ったと同時に、細めた瞳で語られた。
「ねえ姫香ちゃん、僕は君が浅倉を好きだと言っても君を手放す気はないよ」
「え……」
 そんなことはないと思っていた私の読みの甘さを嘲笑われた。
「君は浅倉が好きだと言えば僕が諦めると思ってるね? 僕も自分でそうしたいと思ってきたし、だから君の家で君をその気にさせたりしないように自制した。でももう僕は自分を騙せない。君の幸福をいちばんに考えるなんて余裕はない。僕は今朝、浅倉に自分の未来を奪われたように感じたよ。君がいないっていう想像を弄ぶのは被虐的でこれ以上なく苦しくて気持ちよかったけれど、現実になったらただの苦痛と腹立たしさでしかなかった。あんなことを企てて、生まれてこの方こんなに自分を愚かしいと思ったことはなかったね」
「あんなこと?」
 彼は笑った。
「浅倉から君を取り上げたい。浅倉じゃなく、僕を選んでほしい。いや、選ばせたい」
 選ばせたい、ね。
 そんなことを言われて、この私が素直に選びますなどと言うわけがないじゃないか。
「ミズキさん、いいかげん」
 身体を起こそうとした瞬間、指先がはっきりと喉に食い込むのを感じた。
「やっ……」
 本能的に声をあげて目を閉じた私は、ソレで彼が手をはなしてくれるものだと信じていた。ところが、狭くなった肩を開くように彼の重みが襲いきた。
「や、ちょっと……」
 私は、ミズキさんに圧し掛かられていることに驚いていた。それでも、力任せに拘束されているわけではないと感じ、あまり相手を刺激しないように気をつけながら、首の上にある手をどかそうとした。暴れると、男は余計に興奮するものだから煽りたくない。
「ミ…ズキさん」
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