唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 悔悛

審判の日 悔悛 (185)

  「ミズキさん?」
「気持ち悪がられるのは承知で口にするけど、たしかに僕は、君に関してはオカシイ。もともとそういう嗜好はあった。それは思春期くらいから自覚してたし、抑制もしてきた。けど、今はそれを抑えきれてない」
「私……」
 彼はそこで顔を背けた。
 それから、また真珠をひと粒その指で挟みあげた。
「ごめんね。やっぱり幾つか傷がついてる」
 掌で転がされても、私には目を凝らさないかぎり判別がつかなかった。というより、その程度は気にならない。そう口にして彼が楽になるかわからなくて。
「ごめんね……」
 泣き声のように聞こえたのは、彼が真珠のネックレスを壊したことを謝っているのではないと気がついたせいだ。
 私の首を絞めようとしたこと、浅倉くんを突き落としたこと、彼の、尋常とは言い難い欲望を吐露したこと、そうしたすべてを謝罪している。
 私は踵をあげて、プリンタからA4のコピー用紙を一枚抜き取り、テーブルの上の留金と糸の残骸をのせて膝を曲げた。
「落として」
 彼の前に紙を谷のように折ってさしだした。彼は両手をそこに揃えて、静かに、慎重なそぶりで真珠の粒を流し入れた。さらさらと音をたてて、やわらかな白い光玉が集って山となった。
 盆に見立てるようにして持ち上げて、テーブルのうえで丁寧に畳んだ。セロテープで止めて、念のため、もう一枚、紙にくるんだ。
 私はバッグからヴェルヴェットの小箱を取り出した。そうして後ろから手許を見つめていたひとへと振り返り、両方を揃えて差し出した。
「これ、ふたつとも直してもらって。指輪のサイズは忘れちゃったし、なんなら直接ミズキさんのお友達のお店に行って相談する」
「姫香ちゃん?」
 受け取ろうとしない男を見あげ、
「いい機会だから留金も新しい綺麗なのに替えたいし」
 そう言って微笑んだのに、呆けたような顔をしている。
「ダイヤモンドの指輪はいらないと思う。パーティで洋装をすることはないだろうし、そういう攻めの宝石は私には似合わないから。それよりそのお金があったらふたりで旅行したり、じゃなきゃビアズリーの版画を買ったり古写本のファクシミレなんかをオークションで競り落としてみたい」
 ようやく視線があった。私は意識して顎をあげ、彼をまっすぐに仰ぎ見た。
「ふたりで楽しめることは多いと思うよ。お互い好きなものも似てるしね。浅倉くんがいなくても、面白おかしく生きてけるよ」
「……彼を、守りたい?」
 私は肩をすくめた。
「まさか。そういうんじゃないよ。そんなふうに誰かを庇えるほど私は強くない。それでも、ミズキさんひとりくらいなら私にも大事にできそうだし、そうすることが私のこの先の人生には必要なことだと思うの」
「浅倉を」
「浅倉くんは、私がいなくても飄々と生きてくよ。そうじゃない?」
 彼はそこで首をふった。
「ミズキさん?」
「彼のことは、僕にはわからない。ただ……君はほんとにそれでいいの?」
「うん。浅倉くんにおあずけして我慢させるのは、私、ほんというとものすごくキモチイイのよ。この先ずっと焦らしプレイだと思えばいいんじゃないかな」
 できるだけ妖艶に微笑んで白状したはずなのに、彼は笑わなかった。
 さすがに無理か。その硬い表情にこれ以上、冗談を投げかけても通じないと察し、私も本音で尋ねてみた。
「ミズキさん、浅倉くんと二人で仲良く生きてきたい? もう、私なんて欲しくない?」
「姫香ちゃん」
 いま思えば、マンションの玄関の前でミズキさんのことを浅倉くんに話してしまったのは、私が、このひとの重荷に耐えられなくて彼を頼ったせいだった。持ち堪えられないと弱音を吐いた。
 ミズキさんの言うとおりだ。
 私は、ちゃんとできていない。
 でも。
 でも、もう、よそう。
 ミズキさんを重く感じるのは、私が彼にきちんと向き合っていないからだ。両足を踏ん張って正面をむいていないから、ふらふらと倒れそうになる。
 または、同じように寄りかかればいいのかもしれない。それでも、いいのだろうか。わからない。もしそうなったらふたりで倒れればいいと思い切る覚悟がないということか。
 どちらにしろ、逃げるのはもうやめたいのだ。誰も恨まないで、誰のせいにもしないで、生きていきたいから。
 獏、私、ちゃんと、できてるかな。
 でも……。
「僕は……君の、ほんとうを知りたい」
「ミズキさん?」
「わかってる。君にだってもしかしたら、それはわからないのかもしれない。でも、ここに誰もいなくて、君の声を誰もきいていないとしたら、君は、ほんとうのことを言う? 言える?」
 私は黙っていた。このミズキさんでさえわからないことが、自分にわかるわけがない。
「君の言うとおりかもしれないね。僕はきっと君だけが純粋に欲しかったはずなのに、浅倉があんなことになって、それから浅倉に君を取られるかもしれないっていう想像を弄ぶうちにただ君を好きでいるだけでは物足らなくなった。または、いっこうに自分のものにならない君が憎らしくて、君をそうやって貶めて穢したいだけかもしれない」
「そう……じゃないと、思うよ」
 私なら、どんなでもいい、と言った彼のことばが思い出された。彼のなかで、私を諦めないようにするためには、浅倉くんと寝た私でも許せないとならない。
「ミズキさん、でも、レコード屋さんのほうのお仕事、浅倉くんに譲り渡すつもりでいたんじゃないの?」
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