唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 告解

審判の日 告解 (187) 

   杖をついた姿というのは、ただでさえ頼りなく見えるものだ。もともとひょろっと縦に長く薄い肢体が傾いで松葉杖に寄りかかるというのは不安定にすぎた。けれど、頬の高いところに絆創膏を貼った顔はなんだか妙に子供っぽく、疲労や痛みはそこから感じられなくて、不思議なほど澄み切っていた。
 それから彼はここにはいないはずの私の姿を見つけたせいか、一瞬、昔懐かしい表情をみせた。大学の中央棟から中庭を抜ける小径にあるベンチで、本に視線を落としているふりで、私が通りがかると頭をあげる、あの顔だ。そうやって目を見開いた浅倉くんはまったく無防備で、お店番のメガネくんは来客中ともなんとも言わなかったのだなと気づいた。
「早かったね」
 ミズキさんがいつもの調子で声をかけ、彼に椅子をひいて用意した。あまりの甲斐甲斐しさに、すこしだけ驚いた。それに、先ほどのドアを開けた身振りは、緊張して身を凝らせていた私の臆病とはまるでちがった。
ふたりの間には、私が勝手に想像していたある種の気まずさや屈託が見当たらなかった。おくびにださないだけなのか、ほんとに解決されているのか、ちっともわからない。ただ、自分がここにいることが相応しくないような、奇妙な居場所のなさを感じた。もちろん、ここはふたりの仕事場なのだから当たり前なのだけど、それだけじゃないように思う。
 ぼうっとして立ち尽くしていると、浅倉くんはミズキさんに、悪い、サンキュ、と返しながらもそうした私の違和感に気づいたのか、座らなかった。そのままわけのわからない鬱屈をかかえて何をどう口にしていいか困ったという顔で幾度か目をしばたいたので、私は仕方なく着席をうながした。
「座れば」
 そう声をかけた私が腰かけたというのに、ふたりは動かなかった。気が引けて腰を浮かせようとすると、ミズキさんがちょうど私と浅倉くんのあいだで二等辺三角形の頂点になる位置を見定めて壁際に陣取り、姫香ちゃんはそこで座ってて、と口にした。命令形すれすれの圧力を感じ、私は椅子の上で固まった。
 短くも、かなり気まずい沈黙のあと、浅倉くんは私の顔を見てすこし用心深い掠れ声で確認した。
「オレ、家にいてって言ったよね」
「浅倉、彼女は心配して来てくれたんだよ」
 背をついてゆるく腕組みしたミズキさんの顔を一瞥し、何か言いかけてから首をふり、いったん浅倉くんがうつむいた。それから肩を揺らして短く笑い、吐き出した。
「心配なのは、オレじゃなくておまえのことだろ」
 ミズキさんが眉を寄せて目を閉じたままその名前を呼んだ。
「違う。そうじゃない。姫香ちゃんは」
「聞けるかよっ」
 耳に痛いほどの声で遮られて、自分が身を屈めて目を閉じていることに気づいたのは、続いた言葉のせいだ。
「怖がらせるな」
「ミズキ、今さら」
「今さらでもなんでも、姫香ちゃんの望まないことはしたくない」
 ミズキさんは浅倉くんの熱に煽られていなかった。かといって余裕があるというわけでもなくて、声は平静をたもっていたけれど、肘を抱いた手にはこわばりがあった。
 それを見てふうっと息をついたのも浅倉くんで、彼は私を見るのでなく、ミズキさんの反応を拾おうとしていた。そして、そんな私の凝視に気がついて、こちらに顔を向けた。
「オレに、言うことある?」
「浅倉」
 制止の声にはかるく肩をすくめてみせ、
「それくらい、聞く権利あるだろ」
 と、こたえた。
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