唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 告解

審判の日 告解 (190)

   しかも私ではなく、腹の立つことにミズキさんに尋ねていた。そして当然のように私を無視して、彼がこたえた。
「先週、西野さんが言ってたアレだよ。新興宗教の勧誘かと思ってたら、どうやらホンモノみたい」
「失踪者が出たとかいう噂の? 都市伝説じゃないのかよ?」
「それは姫香ちゃんに聞いて。僕は見てないし、よりにもよって自分がギミックの翼つけた天使とホンモノを見間違うはずがないって言い張るから」
 微妙に悪意だか底意だか意趣返しだかを感じずにはいられない言いっぷりだったけれど、まあ、たしかにそう言った。間違いない。
 浅倉くんは目をしばたいて私を見た。
「天使が、来たの? あんたを迎えに?」
「う、ん……」
 とはいえ、なぜだか、すなおに頷きづらかった。こちらはこちらで奇妙な信心がありそうだった。よくわからないが、でも、私の受けた衝撃以上のものが彼に訪れていることだけは感じ取れたのだ。何故だ。なんでこのひとこんなに驚いてるんだ。なにか非常にヤバイ気がしてきたよ。危険。
「マジかよ……」
 浅倉くんが杖を持ち直して、それにもたれて頭を抱えていた。混迷度合いが深すぎるせいか、彼は妙にしずかにモノを考えているように見えた。それとも何か、浅倉くんには必然である理由でもあるのだろうか。
「まだ、サインはしてないようだけど」
 腕組みをしたミズキさんがこちらを斜めに見おろした。視線がやけに冷たい。軽蔑すると正面きって言われたとき以上に突き刺さる。いたたまれなさに、弱々しく口をひらいてしまうじゃないか。
「ねえ、いま思ったんだけど、私が夢をみてたっていうのもアリじゃないかしら」
 ところが、ミズキさんはゆっくりと首をふった。
「君だけならそれも納得しないではないんだけど、僕が聞いただけで七人だ。何かが、起きていると考えるほうがいい」
「何かって……」
 この怜悧なミズキさんに否定されてしまうと今さらに怖い。どうして私、さっきはなんでもなかったんだろう。どう考えても「天使」ってところが確かにおかしい。なんかこう、根本的なところで騙されてるというか。
 そういう私に気づいたのか、彼はふっと瞳をやわらげた。
「何が起こるかは僕にもわからない。それにね、僕はこの世界の命運より、自分の恋が報われるかどうかのほうが大事」
 はい?
「え、と。ミズキさん、そう、なの?」 
 こくり、と頷かれた。
 そうなのか。
 え、待って。ほんとに、そうなの?
 浅倉くんはまだ考えているようだけれど、ミズキさんは悠々と続けた。
「そうだよ。僕は自分の恋愛のほうが大事」
「え、でも、だって……」
 混乱する私を置いて、彼はそのまま表情を変えずに語りはじめた。
「だいたい、この世界がおかしなほうに流れていっていることくらい皆、誰でもわかってるよ。僕が生まれたときにはすでに、この世界は狂ってた。まともじゃない。そんな、いつ滅びたっておかしくない日常で、君だけが僕の救い。明日この世が滅びようと、君さえいればこわくない」
「それはいくらなんでもウソでしょう」
 呆れて言うと、ミズキさんが肩をすくめてうなだれ、首をふって笑った。
「ほんと、君はかわいそうなひとだね」
 まさかこのミズキさんに「かわいそう」などと哀れまれるとは思ってもみず、私は言葉を失って、ただ立ち尽くした。そこへ、
「ミズキ、よせよ」
 浅倉くんの声がとんだ。
「よせよ……この人にはどうやってもそれが、わかんないんだよ」
「そうだね」
 ミズキさんがうなずいて目を伏せた。お互いの了解がそこにあって、私はまた、自分が疎外されたように感じていた。
 よくよく考えてみないでも、いまの発言を「非礼」だと非難すべきことかもしれない。でも、ひとの気持ちに敏感なミズキさんが今になってそんな言葉をぶつけた意味は、私への愛想尽かしかも知れず、だとすれば、私には返す言葉はない。気持ちを落ち着けて探ってみれば、私は浅倉くんにだけはそれを否定してもらいたいと願っていたようで、それもまた何がしかの自分の甘えを意識させられた。
 でも、現実はそうはならなかったし、私自身、ミズキさんの言うような感覚はわからない。いや、理解できないわけじゃない。そういう気持ち、そういうおはなしがあることくらいは知っている。でもそれは、私のなかにどこをどうやっても見当たらない切実さで、もしひとがそれを「愛」などと呼ぶのだとしたら、そんなものは、私は知らない。知りようもない。だって、ナイのだから。
 奇妙な、やや重苦しい静寂は、ミズキさんの軽やかなテノールに破られた。 
「浅倉、どうせだから真面目に僕とつきあわない?」
 浅倉くんが顔をあげた。私に言わせれば、今までだってずいぶんべったりで、つきあってるようなものじゃないかと思っていたのだけど、この沈黙は考える余地があるということなのだろうか。
「見る限り、姫香ちゃんは僕たち二人、さして変わらないみたいだ」
 浅倉くんは眉間に深いしわをつくって反論をこらえていた。昨夜のことを言い出さないのは立派だと思った。まあ、言っても詮無いことだということくらい、彼も知っているだろう。それを察してか、ミズキさんが断定した。
「本人はきみのほうが好きだと思ってるのかもしれないけど、あんな誘い文句でここに駆けつけちゃうんだから、大した差はないよね」
「おまえ、いつもまだるっこしいってんだろ、何が言いたいんだよ!」
 ミズキさんは皮肉っぽい薄笑いを消して、誘いかけるような笑みを浮かべた。
「すこしくらい反撃したくない? この逃げ足の速い姫香ちゃんに追かけてもらうのもきっと快感だと思うよ」
 浅倉くんの大きな目が私へと向けられた。ぎょっとして、頤をひく。
「余計、逃げられるだけじゃないのかよ」
「それはお互い一から戦略を練らなきゃ。それに今さら逃がしてあげられるほど、僕たち二人、甘くはないでしょう。冷戦時代の米ソ対決じゃあるまいし、鉄のカーテンの後ろでこせこせして実は大したこともできないでいるのはらしくないよ。正々堂々やってかない? 今まで遠慮しすぎてた。警戒もしたし牽制の連続で、本領発揮できなかったところもある。けど、もうこれで余計な気遣いはなくなったわけだから」
 なんだか話の風向きが……あやしい。すごく、あやしいことになっている。これはなんだか、すごくマズイ方向に流れていってるんじゃないだろうか。本領発揮って、このひと、あれでまだ手加減してたつもりなのか……なんてことだ。私、ほんとに太刀打ちできないよ。無理ムリ、絶対に!
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