唐草銀河

「掌編・短編」
楽園の箱

楽園の箱 4 

  「どうして助けてくれたんですか」
 モーリスはその夜、ベッドに横になってききました。部屋には他にもひとがいて、鼾をかいたり寝返りをうったり、月明かりで書きモノをしていたりしていました。ひさしぶりにふかふかのベッドで眠れるというのに、モーリスはなかなか寝つけませんでした。だから、そのひとも眠っていないことを知っていたのです。
「助けないほうがよかった?」
「いえ、そんな」
 そんなふうにこたえられると思わなくて、モーリスはあわてて首をふりました。そして、はぐらかされたのだとわかりました。大人はこういうことをするのです。モーリスの憮然としたようすに気づいて、そのひとは申し訳なさそうな顔でなく、悪戯を見つけられたときのように照れて笑いました。それから、手をのばしてベッドポールにかけてあった帽子をとりあげ、指をたててくるくるまわしながら言いました。
「君が、おれの子供に似てたからかなあ」
「子供さんが、いるんですか?」
 モーリスは目を丸くしました。帽子をまわし、その勢いのままポールに放り投げたそのひとは、そんなふうには見えなかったのです。年齢のことではなくて、子供のいる大人のひとというのは、もっとなんというか、そう、きちんとした格好の大人のひとに追われている子供を庇うような真似はしないと思ったのです。だって、なんらかの厄介ごとや犯罪と関係しているかもしれないのに、モーリス自身がそう考えてしまうのに、このひとは何にもきかないで泊めてくれました。そして一緒にご飯を食べて、ギターをひいて自分でつくった歌をうたってくれたのです。
「君にそっくりだ。まだ、赤ちゃんだけどね」
「僕、幼稚っぽいですか? もう、コレージュ(中学生)なのに……」
 言ってから、モーリスはしまったと思いました。そもそもこういうことを言うのが「子供」のような気がしたからです。でも、そのひとは首をふりました。そのまま彼がしばらく黙りこんでしまったので、モーリスはまぶたを閉じました。それでも、猫はベッドの下で箱にぶつかりながら、ころんころんとお腹を出しては寝返りをうって遊んでいるのがわかりました。
「どうして子供をつくったんですか」
 考える前に口をついてでてきた言葉に、モーリス自身がいちばん驚いていたかもしれません。でも、もう、いまさら取り返しがつきません。身の置きどころのなさに縮こまっていると、う~ん、とそのひとは唸るようにして、身体のむきを変えました。それからちょっと苦笑したあと、
「あのね、子供はつくるんじゃなくて、授かるものだとおれは思っているよ」
 そういって、寝たまんまのかっこうで器用に肩をすくめました。それからすぐに、
「世の中なんでもそうかもしれないけどね」
 と笑いました。そのひとは、今度こそ完全に眠る態勢にはいったようでした。おやすみということばが、口のなかで消えていきました。モーリスも小さくおやすみなさいを告げて、自分はしばらくこんなちかくで誰かにおやすみなさいを言われたことも、言ったこともなかったことを思いました。猫は夜になると起きているので、おやすみなさいをけっして言わなかったのです。

 目をさますと、箱の側面と中に、猫と帆立貝、魚の絵が描かれていました。昨日、ギターケースに描いてある猫がすてきだと言ったことを覚えていてくれたのでした。モーリスは箱を抱えて蓋をあけてはしめてして、猫のうえに掲げて自慢しました。
 猫は、自分の寝床に描かれた絵にたいへん満足なようすで、喉をならして横たわっていました。

 そのひとはモーリスに、アルルの街がどんなにすてきなところか話してくれました。そして、彼にひとつ頼みごとをしました。よその国から来た友達に街を案内してほしいというのです。モーリスはアルルが大好きでしたので、よろこんでその役目をひきうけました。来るのは初めてでしたが、モーリスは地図を見るのがとても得意だったのです。

 さらに二日後、モーリスはそのひとのはからいで、スペインに巡礼に行くひとたちのバスに乗せてもらえることになりました。アルルは巡礼の出発地のひとつですから。
 猫は、大勢のひとがいるところでは話しかけてくることはありませんでした。バスの中でみんなに可愛がられ、名前がないとモーリスがこたえると、さっそくもう「シロ」という名で呼ばれました。シロと呼ばれるたびに、猫は名前をよんだ相手を横目にし、分別くさく、またはめんどうくさそうな顔つきで返事をしました。だから、モーリスは猫が忘れてしまった名前のことは考えないようにしました。

 トゥールーズを越えて、それからいくつもの街を通り、無事に国境をぬけ、とうとう目的地にちかづいてきました。明日には到着するというところで、モーリスはわがままをいってバスをおろしてもらいました。ここからはどうしても、自分の足で歩いていきたかったものですから。
 ここまでくると、歩いてるひと、自転車のひと、車やバスに乗ってくるひと、みんなが巡礼者でした。お互いに挨拶をかわしながらすれ違うこともあります。参拝を終えて帰るひとたちもいるのです。 
 モーリスがあったひとも、そのうちのひとりでした。




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