唐草銀河

「掌編・短編」
楽園の箱

楽園の箱 8

   それから、わたしたち三人はタクシーに乗って聖ヤコブ様の遺骸が納められたサン・ティアゴ・デ・コンポステラへむかい、大聖堂の前の広場におろしてもらいました。
 おばあさんはもうさっそく、胸の十字架を握って目を閉じていました。その目じりには大粒の涙がうかんでいます。モーリスはそれを見ないようにして、わたしの横顔を見つめました。
 モーリスは、最後にあったときよりもずいぶん背ものびて日焼けして、なんだか思っていたよりはずっと男の子らしくなったように見えました。たっぷりと朝ごはんを食べていたのも、わたしには驚くべきことでした。見違えるようになった……というのはすこし、妹としてのひいき目がすぎるでしょうけれど、でも、わたしはうれしかったのです。これなら、両親と対面してもだいじょうぶな気がしました。その緑の目は、この土地にふる雨のような優しさをたたえてわたしを見ていました。
 モーリスはわたしの視線に気づくと前をむいて、正面の塔のずうっと上を見あげました。
 わたしも、同じように空を仰ぎました。
 モーリスとわたしが、そのときいっしょに、空に光る星のひとつひとつを見つめようとしていたことを、忘れないうちにお話したいと思います。そういえば、星の光というのは、過去からの贈り物だときいたことがあります。今、この瞬間、その星はもう、消えてなくなってしまっているかもしれないのだとか。この地球に届くまで、光の速さで数えるのだそうです。太陽の光に遮られているだけで見えなくなってしまった星の光。それはふたりがまだ一緒に暮らしていて、両親のどちらもお互いを見つめる時間もあって、毎年のように海辺の家に訪れて波の音をきいてすごした、あのときの思い出を探すようなものだったかもしれません。  

 今度だけは、猫を外においていかなければなりませんでしたので、わたしは先にふたりになかに入ってもらうことにしました。
 猫を足もとにおろすと、ちりちりと鈴が鳴りました。髪をしばっていた黄色のリボンに、ホテルで買ったお土産物の鈴を通して首に結んであげたのです。
 わたしは大きくのびをして、パリよりもずっと青い空を見あげます。
 うしろに入道雲を従えて、大聖堂は空に浮かぶ都市のように大きく、飾り立てられたお姿はここにきたすべての巡礼者たちをほめて労うようにりゅうとして立派でした。わたしは猫が遠くにいっていないことをたしかめてから、ぴったりと大聖堂の正面に背中をむけて、首をあげます。
 見あげても、見あげても、大聖堂の天辺は見えません。
 わたしの後ろには、まるで天に届くような聖なる壁があり、前には星の野原とよばれる丘がひろがっています。

 今からもう三年も前のこと、まだおじいさんが元気だったころに、みんなでここにお参りしたことがあります。
 雨の多いこの地方には珍しく、炎のかたまりの太陽が容赦なく上から照りつけて、その光が頭から突き刺さるように感じる八月のことでした。
 クーラーのきかないおじいさんの車で、みんなで文句をいいながら歌をうたったり、マーガレットの――そうです、わたしの名前と同じ――花を摘んだりして、ここまでやってきたのです。お父さんはとりあえず写真をとるのに忙しく、ろくろくお参りもしないでお土産を買っていました。お母さんは近くのカフェでよく冷えた白ワインと手長海老をたのみ、パソコンにむかい、風で乱れた髪を手でととのえていました。わたしとモーリスは、おじいさんとおばあさんに手をひかれ、四人列になって広い聖堂を右往左往して、あちこちの聖人さまのお姿に手をおいて跪いたり、ぶるんぶるんと回される香煙に目を丸くしたりしていました。モーリスは順番を待つ汗くさいひとびとに押しやられてつまづき、おっかなびっくりというようすで聖ヤコブ様の足に口をつけるまねをしていました。

 これは本来モーリスの物語なのに妹のわたしがしゃしゃり出てきたことにとまどいをお持ちでしょうが、もうしばらくおつきあいください。どうぞ、モーリスのためにお願いします。

 そのモーリスですが、はるばると旅をしてきたのだから今回はきっと熱烈に接吻しているかと思うと、そんなこともないのです。モーリスはただ、昔よりはずっとゆっくり丁寧に、形をたしかめるように両手をつかって撫でていきました。それから、〈こぶの聖者〉にも、きちんと頭をぶつけていきました。それを見たおばあさんは、これでモーリスにもご利益があって頭がよくなるねえ、と目じりをさげていいました。彼はちょっと眉をよせましたが、すぐにうなずいて笑顔を見せていました。





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