唐草銀河

「掌編・短編」
楽園の箱

楽園の箱 9

   そのあと、家族はひさしぶりにそろってホテルのレストランに集まりました。お父さんは明日朝早くに帰らないといけないので、すこし不便なところにあるおばあさんの家には泊まろうとしなかったのです。娘をカトリックの寄宿舎つきの学校に入れながら、お父さんにとって、深い信仰をもつおばあさんたち――亡くなったおじいさんとふたり――は、どうにもなじめないひとたちなのでした。嫌いというのではありません。いっそ、そういう強い感情があるのならそのほうがましだったのではないかと、モーリスは思っていました。
 嵐のような祝福や安堵の涙、真剣に身を案じる言葉などというものが、モーリスを出迎えることはありませんでした。それはすでに、おばあさんが誰よりも熱烈に、真摯な態度でしめしてくれました。妹のマルゴはろくに何も言わず、海のように青い目でことの成り行きを見守っていました。
「まったく……。もう、こんなことはやめてよね」
と、お母さんがいいました。先ほどすでに一通りの儀式はすませていましたから、なんだか気の抜けたようすでした。
「おまえのしたことで、たくさんのひとに迷惑をかけたんだぞ。わかってるか」
と、お父さんがいいました。モーリスには分別くさい、ありきたりの言葉のように聞こえましたが、それはずいぶん弱々しいものでした。ものすごく心配したのだということが、彼にもわかりました。
 もっとも、すでに妹が上手にたちまわってふたりの怒りの矛先をそらしてくれていました。あの葉書は彼女のところに無事に届きました。なので、モーリスが何をしようとしているのかということはもちろん、あのホテルに泊まるはずだということも、妹はちゃんと知っていたのです。あそこのオムレツがとびきり美味しいことを、彼女はきちんとおぼえていたのです。
「どうしてこんなことをしたの」
 なにげない調子で、お母さんがききました。さいごのデザートのプリンがそろったところでした。
 モーリスはいったんもちあげたスプーンをおいて、お母さんの顔を見ました。たっぷりとマスカラののった黒い睫毛は長く、照明のせいで目のしたに影が落ちていました。くまだったかもしれませんが、モーリスにはわかりませんでした。
「巡礼、したかったんだよ」
 モーリスはそう、こたえました。うそではありません。テーブルのうえには、彼が作った四角い箱がおいてありました。モーリスはそれを見ながら、こたえたのですから。
 長い間いっしょに旅をした、思い出のつまった箱。モーリスはわざわざこの聖人の日、7月25日を選んで、サン・ジャックの塔に詣でてから旅に出たのですから。でも、それはお母さんのききたかったこたえではないことを、モーリスだって知っていました。それをここですなおに白状するには、モーリスだってすでにじゅうぶん、お父さんやお母さんが思うよりずっと大人になってしまっていたのです。
 その食事の席では、お父さんとお母さんの離婚の話しは出ませんでした。ふたりの子供を慮っているというよりは、おばあさんのいる前では話せなかったのだとモーリスは思いました。彼の通う学校でも、クラスの子の半分くらいは、両親のどちらかが離婚しています。そう、珍しいことではありません。
 モーリスはすこしだけ、夢をみていたのかもしれません。こんなことをしでかした自分のために、ふたりがもうすこし違うふうになってくれることを。でも、そうはなりませんでした。

 わたしもそのことを、知っています。わたしは、モーリスのことならなんだって、知っているのです。
 そして、ここから先は、わたしとモーリス、ふたりだけの秘密のおはなしとなります。

 わたしたちは両親をのこして、海辺の家へ帰りました。おばあさんは、たぶん、もうなにもかも知っていて気づかないふりをしていたのかもしれません。おばあさんには、そういうところがあります。だからなのか、昔懐かしい屋根裏部屋をわたしたちにふたりへと用意してくれていました。
 この部屋。すっかり空気の抜けた浮き輪と壊れたバグパイプの転がった、子供用のベッドの並んだガラクタ部屋がわたしたちふたりの遊び場でした。
 あれは冷たい霙まじりの日、気候のいいこのあたりでは珍しい、ひどい夜でした。岸壁の上に立つこの家に、冬の嵐が容赦なく襲いかかり、岩が砕けてしまいそうな激しい波音にさらされていました。びりびりと窓ガラスが震え、鎧戸が軋み、魔物の咆哮のような恐ろしさで耳を襲いました。したではお母さんとおばあさんが、おじいさんをパリに連れて行くかどうか話し合っていました。
 その夜のモーリスはしかめ面をして毛布をかぶり、眉をつりあげた顔のまま震えていて、いくら声をかけてもなにもこたえようとしませんでした。
 あの夜をさいごに、わたしたちはいっしょに眠らなくなりました。





次回更新は12月24日(金)です。
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