唐草銀河

「遍愛日記」
審判の日 非洗礼

審判の日 非洗礼 (202)

   脅された。といえばこれ以上ないくらいにオドサレタ。でも、そうこたえていいとはどうやっても思えない。この状況でミズキさんを非難させるわけにはいかない。そうでなくとも、私が「悪者」だと考えたことがないみたいな浅倉くんに告げ口していいことはない。悪者は大げさにしても、「汝、弱きもの」的役割をふられてることは間違いないんだから。守る、とかほざいてたしね。いいかげんにしろと言いたいが、言わない。つまり、馬鹿にされてると抗議の声を張り上げればあげるだけ、相手の確信を裏付けるに十分な証拠を与えてしまうわけだ。とすれば、相手自身へ問題を振るのがいちばんだ。
「……そうじゃないと思う。浅倉くんは、私じゃなくてもだいじょぶそうだから」
「ミズキだって、ほんとはそうだよ」
 ひどくクールな反応に、私は彼の横顔を凝視した。浅倉くんはすでに私を見てなかった。
 なるほど。
 そうか。
 そうかもね。
 ミズキさんも、そう「思い込んでるだけ」って言われたら、私もそれは否定しない。それに、浅倉くんがふしだらな私に呆れてるのだとしても、それも理解できるし仕方ない。このひとはずっと、私を綺麗なものだと思いたがっていたのだから。
「それは……そうなんだろうね、きっと」
 誰もが、そうやって自分の気持ちに自分で名前をつけて縛りつけて、そうやって生きてるのかもしれない。そうじゃないとさびしいから、つらいから、ひとりじゃ苦しいから。生きているのが大変だから。
「ああもうっ、なんで、そこだけ信じるんだよ!」
 気がつくと、浅倉くんがものすごく凶悪な顔をしてすぐ目の前に立っていた。
「んなわけ、ないだろっ! ミズキは命張って、あんたのこと守ってるんじゃん!」
「うん、それはそうだけど」
「それはそうって……どういうこと」
 怒りかけた勢いが私の鼻先で辛うじて、とまる。
「私はでも、頼んでない」
 浅倉くんが、わけのわからないという顔をした。ああもうっ。言わないつもりでいたのに、覚悟したのに、こんな顔で見られたら口に出ちゃうじゃないか。
「ありがたいし感謝してるしきっと物凄く嬉しいんだろうけど、そう思う自分は嫌い。嫌いなの。私だってやれることはあるし、それでミズキさんが死んじゃったりしたらすごく、迷惑」
「メイワク?」
「浅倉くんがバクの姿の呪いを私にとかれちゃって堪らなくなったのと同じよ。何があろうと守るとか言われて、それ、たしかに私はその立場に甘んじてるけど、でも、自分がされたらどんな気持ちがするかってことくらい想像してよ」
 聞かされた相手は怒ろうとしてできないひとみたいに、拳を握って震えていた。私は私でヒドイことを言っているという自覚はほんのりある。いや、実のところかなり、ある。でも、殴れるものなら殴ってみろ、というほどの気概もない。感情が高ぶって押し殺せないというのは言い訳にしか過ぎない。私はじぶんのこころの動きを見通せる程度には冷静だ。だからこそ、やはり、言いたいことは言っておこうと覚悟をきめて息をつぐ。 
「まあ、そんなこと言いながら、浅倉くんにも甘えてる。でも、やっぱりそうやって誰かに全部、自分の人生みたいなのを丸投げするのはできないよね。ましてさっきだって、この世の命運をどうにかしてくれって浅倉くんに言いたくなっちゃうって、やっぱりおかしいと思う」
 それが、再会して、バクになってしまった浅倉くんに語ったことばと同じだと、自分で気がついていた。少なくとも私自身は知っていた。
 そのことを察しているのかどうか。彼は目を見開いて、私を見た。先ほどの凶暴さはすっかり綺麗に消し去られていたけれど、こんどは何かべつの困惑がみえた。
 そりゃそうか。
 この世の命運をどうにかしてって言われたら困るよね。神様じゃあるまいし。
 私には、そういうことを言って相手を困らせて愉しむ趣味がないだけだ。かぐや姫じゃあるまいし、わがままで相手を試すなんてのが許されるのは「絶世の美女」の特権だ。私にも、廉恥心くらいあるのだ。小指の先くらいしかないけれどね。
 彼はいったん何か言おうとしてうつむき、また顔をあげ、私をしかと見据えてから、私がその凝視をまっすぐに受け止めると、再び斜めをむいて酷くあからさまな溜息をついた。そんな呆れなくてもいいじゃないかと頬を膨らましそうになったけど、さすがにそうやって文句はつけられなかった。私も、じぶんが無茶をいってるのは知ってたし、おのれの幼稚な依頼心に辟易して苛立っていた。
 彼はそれから見慣れた仕種で首をふって、どうしようもない疑問を抱えて投げ出す寸前のような顔をして、床にむけて呟いた。
「……オレにとっては……まあ、いっか」
「浅倉くん?」
 呼びかけには頭をがりがり掻いて、私ではなくドアの外へと顔をむけた。
「ミズキ、いいから入って来いよ」
 ドアが開いて、ミズキさんが悪戯っぽい笑顔をみせた。
「なんだ、これからいいところじゃないかと楽しみにしてたのに」
「おまえのためにやってんじゃねえよ」
 それには無言の笑みが返り、いつから立ち聞きしていたのかがしのばれた。
 このひとは、こんなときだっていうのに自分の快楽の追及に余念がないとは大したものだ。否、こんなときだからか、と考え直し、私は凡人らしくまっとうなことを尋ねた。
「水は、出るの?」 
 ミズキさんはポリタンクを二個、おいた。
「今のところは。僕が飲んだかぎりでは平気そうだけど、姫香ちゃんはミネラルウォーターで」
「そんなに優遇しないでもいいよ」
 それには難しい顔をした。
「優遇じゃなくて命令。君に体調を崩されるのは困る。お風呂も入れない生活がいつまで続くかわからない。君みたいな女性にとってはかなりキツイはずだ」
 ひどく現実味のある言葉に、思わず身体をかたくした。そんな私へと、ミズキさんは彼らしい徹底した態度で通告した。
「初めに言っておくけど、君がいちばん弱くて死にやすいから」
 浅倉くんが声をあげようとして、それをのみこむ顔をみた。私は私でそこまで言われて黙っていられる質じゃない。
「かもしれないけど、脂肪の蓄えのある女の私のほうがぎりぎりのところでは生存率が高いってことはないの?」
 ミズキさんは耳を傾けるようにして私の声を聴き、それからいつもの調子でこたえた。
「そういうこともあるかもしれない。だからこそ、僕と浅倉が君を獲りあって殺しあったりしないように、君がうまく操縦して」
 浅倉くんの制止の声に、私がかぶせた。
「なんでそんなこと言うの」
「最悪のことも考えておかないと」
 さらさらと言い切って、彼はポリタンクを持ち上げて奥の部屋へと歩きながら振り返る。
「ふたりとも、立ちっぱなしは疲れるよ。座って、とりあえず今後のことを相談しないと」
 ミズキさんの背中には有無を言わさぬとでも言おうか、是非も無しとでも言うのか、至極強烈なリーダーシップの発露があり、私はそのことに呆れながら感動していた。
 なるほど。こうしてひとはその後ろについてくわけだ。 

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