唐草銀河

「Q.V.Q.-キャトルヴァンキャトル-」
Ⅳ 『Q.V.Q.』

Ⅳ 『Q.V.Q.』 (7)

  「……あのね、次回作はね」
 あたしは鼻をすすりあげて、どうにか声が震えないように気をつけながら口にした。
「岩波少年文庫にあるみたいな冒険物なの」
「『トム・ソーヤの冒険』みたいな?」
「ううん。どっちかっていうと、『ハックルベリー・フィンの冒険』のほう」
 神くんは、ああ、とほとんど息だけで頷いた。その音を聞いて、もしかしたら彼も少しは緊張していたのかもしれないと感じた。でも、もうそんなことはどうでもよかった。あたしには語らなければいけない、あたしの物語があった。あたしの世界、あたしのキャラ、あたしの語り、そうして出来あがる物語が。
「でもね、主役は絶対に女の子なの。それは、決まってるの。冒険物に女の子が足りなさ過ぎてつまんないんだもん」
「それもそうだね」
 苦笑にまぎれた同意の声はそのまま、でもさ、ハックは岩波少年文庫に入ってなかったよ、という生真面目な教えになって返ってきた。この、大雑把には程遠い、細部にこだわるところが神くんだった。そう思ったら笑えて、あたしは自然に顔をあげることができた。ようやく目が合うと、彼は尋問するような顔つきで見おろしてきた。
「それで、タイトルは決まってるの?」
「うん。でも秘密」
 涙をふるうように笑顔で言うと、神くんはすこしさびしそうな顔をした。それが、なんだかすごくパパと似ていて衝撃だった。そっか、あたしってやっぱりファザコンなんだ。やだな、こんなことに気がついちゃって。失恋よりショックだ。だって、パパと神くんは性格も違うし見た目もぜんぜん違う。神くんは几帳面でなんでも得意な優等生、パパはぐうたらで得意なのは本の読み書きだけ。パパは運動苦手でひょろっとしてるけど神くんは剣道でインターハイいったくらいスポーツできるし。でも、そうじゃなくて、さっきみたいな表情が似てるって何だか困る。それにあたし、もしかして人間観察が不得手なのかも。そう思わせられた。じぶんでは聡いほうだと思ってたけど、実はものすごく鈍感だったりするのかな。そうだったらどうしよう。
 そういえば、綾乃が神くんの彼女のこと教えてくれたとき、あんた全然平気そうにしてるけどそれでいいのって訊いてきたっけ。べつにってこたえたら、のぞきこむような様子で「神くんとあんたって」と言いかけてその後を飲みこむように口をつぐんだ。たぶん、その先は言われたくないっていうあたしの気持ちを汲んでくれたのだと思う。ため息ひとつ吐いたあと、翠子はなんのかんのと強いよねって褒められた。褒めたわけじゃないって綾乃は怒るだろうな。でも、羨ましそうに聞こえた。あたしはそのときになって、もしかしたら綾乃は神くんをずっと好きだったのかもしれないと気がついた。遅いけど。きっと、ものすごく「遅かった」な、あたし。それに。それに、だ。ほんとはそれだけじゃなくて、綾乃はあたしに何も言わなかった。何も訊かないし、態度も変えなかった。あたしと神くん、ふたりの前で。もっと正確にいうと、「あたしの前で」になるはずだ。だとしたら、綾乃は強い。あたしよりもずっと。じぶんの気持ちを隠しておけるほど、強い。それとも、あのとき綾乃が言いかけた「神くんとあんたって」の続き、あたしはあの続きを言わせたくなくてそう思いながら綾乃の顔を見返したけれど、綾乃は綾乃で何かを諦めていたのだろうか。それとも、憤っていたのかもしれない。はっきりとしない、あたしと神くん双方に。
 そんなわけで、ふたりの乙女にモテモテの神くんに今さら小説のタイトルを教えるのも癪に障るので、書いたら必ず渡すと約束した。神くんはそれで納得したらしく、蛙の子は蛙だねと笑った。あたしはすかさず、「トンビ、タカを生む」だから! と宣言しておいた。もちろんすぐさま筒井康隆の『バブリング創世記』かとつっこみが入り、ふたりがいつもの調子に戻ったとほっとした。バイバイと手をふったあと、今日はポニーテールをひっぱられなかったと気がついた。
 わっかりやすいなあ。
 同じようにわかりやすかった自分は横におく。それくらい、許してもらう。 
 家に帰ると、パパは出かけていなかった。あたしは麦茶をいれたグラスをもって二階の自室にこもり、机にむかって大学ノートをひらいた。一頁目に、おっきくタイトルが書いてある。
 『えめらるど・たぶれっと’84』。
 お宝がただの金銀財宝じゃつまらない。失われた都市や島が描かれたぼろぼろの地図もいいけれど、謎に満ちた魅力があって、なによりもわざわざ危険を冒して手に入れる価値があるほど美しいほうがいい。「エメラルド碑文」なら完璧だ。「’84」は、この夏の特別な雰囲気を残したくて、あとちょっと暗号っぽいと思ってつけたした。
 冒険は、いろんな町を通り過ぎる川下りがいい。あたしは何故か、川が好きだ。海も大好きだけど、書くには茫洋としすぎてる。ハックとジムのように、いろいろな土地を抜けて旅をする。はじめから仲のいい友達でもなくて、家族じゃない人と……。あと、やっぱりトムみたいな狂言回しがいたほうがいい。ジムを救出する際に、あんなふうにデュマの小説をネタにするようなピントのずれた人。うちの伶おじさんみたいに、おはなし好きなキャラ。神くんも綾乃もあのトムの行動がわけがわからないって口を揃えて非難したけど、あたし、あれはなんだかワカルの。
「翠子」
 パパの呼ぶ声がした。せっかく乗ってきたところなのに。そう思うと返事をしたくない。
「翠子、いないのか?」
 ああもうっ。無視むし! 
 あたしは意地になってノートに集中しようとして、呼び声に癇がたつ。パパに、小説をかいてるって知られたくない。ただそれだけの気持ちなのに、なんでこんなにイライラするんだろう。これが噂に聞く反抗期ってやつかしら。でも、あたし、パパを嫌いじゃない。クラスの子たちみたいに親がうざったいって思わない。片親だからかもしれない。そう思うとちょっと自分で不愉快になるけど、だって、パパはうるさくないもの。あたしが優等生でいるせいもあるけど、パパはあたしに変な強制はしない。それに、パパはあたしのことが可愛くて仕方がないって思ってることはわかるの。わかるから面倒なのだと綾乃は口にしたけれど、あたし、面倒って思ったことない。だって、パパの言動は全部よめるもの。ただ、でも、小説のことだけは何だか知られなくないの。どうしてかわからない。でも、パパに先輩ぶって何か言われたら、あたし、パパの緩んだおなかを蹴っ飛ばして家を出るような気がする。普段、パパはあたしの「大事なところ」に無遠慮に触れないように慎重に気を遣ってくれている。あたしも、そうしてる。けど、もしかしたら、この「小説」を間におくと、あたしもパパもきっと、絶対に、ぶつからずにはいられない。それがあたしにはわかる。
 そして。
 あたしは知ってる。
 あたしとパパはいつか、ぶつかる。必ず、別れるときが来る。あたしの就職とか結婚とか、そういうところじゃなくて、あたしたちはココで離別する。
 あたしは、そう想像している。パパはでも、それを知らない。ママをああ描いたパパは、知るはずもない。あたしは、何かの、誰かの、復讐のようにあたしの物語を紡いでいるわけじゃない。けれど時たま、じぶんがなんで小説なんてものを書いてるのかわけがわからなくなる。小説。小説っ何だろう? 今のあたしには物語のほうがしっくりくる。でもきっとそれらふたつは違うものだ。小説はおはなしのいちばん新しい呼び名だから。歴史的にはそうなっているって教えてくれたのは伶おじさんだ。おじさんはママの弟で、たったひとりの家族。あたしをこども扱いしない、ただひとりの人でもある。 
 そうこうする間に、ノックの音が四つ響く。
 ああ、もう!
 こんなことで感情を昂ぶらせる自分が情けなくなったあたしはノートを伏せた。隠すのもかっこわるいけど、でも、いいや。パパはあたしから秘密をとりあげようとするほど傲慢じゃない。いっそ隠したほうが鍵付の日記でも書いてるに違いないと思ってくれるに違いない。
 そう考えて振り返ると、そこに、いつもとちがう緊張した面持ちの伶おじさんが立っていた。
「おじさん? どうしたの」


 

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~ Comment ~

あたしたちはココで離別する 

↑これこそが、病んだ家族の形みたいで、なんだか、泣けるなぁ。
健気過ぎて、この子もきっと肝心なことを言ってない気がする。

愛憎とか、傷ついていることとか。
いや、自覚してないのかもな。

怜おじさんって、何げに謎っぽい人だ。
おおおお、出てきたんですねっ
ちょっとタメて、また来ます~(^^)

Re: あたしたちはココで離別する 

> ↑これこそが、病んだ家族の形みたいで、なんだか、泣けるなぁ。

あああああ、
べつのことばでいうと、離散、ですね

> 健気過ぎて、この子もきっと肝心なことを言ってない気がする。

そうなんでしょうね
fateさんにはなんでもお見通しですなあ

>
> 愛憎とか、傷ついていることとか。
> いや、自覚してないのかもな。

はい、その自覚ってやつは実のところけっこう難易度の高いものだと思うんです
自己愛の問題もあるし
他者から自尊感情を育まれないとそのへん難しいなあと

> 怜おじさんって、何げに謎っぽい人だ。
> おおおお、出てきたんですねっ

はいっ!
キーキャラです

> ちょっとタメて、また来ます~(^^)

はい、お待ちしておりますv
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