唐草銀河

「Q.V.Q.-キャトルヴァンキャトル-」
Ⅳ 『Q.V.Q.』

Ⅳ 『Q.V.Q.』 (8)

   おじさんは口の前に指をたてた。それから一階を示して、声をだすなという仕種をした。あたしはしかと頷いて、その顔をじっと見た。分厚いレンズの向こうにある瞳には、なにか途方もない宝物を見つけたときにひとが見せる純粋で、とても真剣なあの特別なひかりが宿っていた。でもね、おじさんはいっつもこうなの。パパが駐車場にとめたクルマを逆向きにしておいたり(あたしとおじさんは固唾をのんで様子を見守ったのに、パパは不思議そうな顔ひとつせず、そのまま運転席に乗り込んだのだ。オー・マイ・ダッド! この調子だから本を読んでるときにコップの中身を入れ替えても気づいてくれたためしがなくてあたしはいつもつまらない)、それからほんとにまじめな顔のまま平気でウソついたり(パパが大の苦手な、事あるごとにぶつかるおじいちゃんからだって偽って電話を取り次いだりしたこともある。この非常識なイタズラの犠牲になったのは編集者さんで、パパは平身低頭文字通り机に頭がつくほど平謝りすることになったし、おじさんは青筋立てたパパにさんざん文句をつけられたけどその後もこの手の悪戯はやむ兆しさえない。けど、「ママからだ」っておじさんが言ったことは一度もない。そこらへんは、ちゃんと気を遣ってるらしいし、おじさんはあれで、もうずいぶん年のいったおじいちゃんとパパ、似た者同士で頑固なふたりの折り合いが悪いのを心配してるのをあたしは知っていた。でもそれを、そのまんま言わないんだよね。おじさんというひとは)。そんなひとだから、今日もなにか特別に面白い悪戯をパパにしかけるつもりなのかとあたしは次のことばを待った。それなのに。
「翠子ちゃん、お母さんのところに行こう」
 本気で息が止まりそうになった。そりゃ、パパに秘密なわけだ。あたしはなんどかこのおじさんにママのことを尋ねたことがある。そのたびにはぐらかされて代わりに盛大な法螺話をたくさん聞かされてきたのだけれど、今回はちがうみたい。だって、おじさんはママのことを自分から口に出したことは一度たりともないんだもの。これは椿事、じゃなきゃ正真正銘の事件だわ!
 そう考えてすぐ、身震いした。
 何かとんでもないことが起きるような予感がした。
 だって、今まで一言たりとも口にしなかったママのこと急に言い出すなんて、何かおかしい。もしかして、ママの身に何かあったのかしら。住んでるところがわかったとか、そういうことならこんな顔しないよね? そうよ、事故とか病気ならパパに言うよね? むしろ、あたしより先にパパに話すはず。てことは、ママに新しい夫ができたとか? あたしはそれでもいいけど、パパはどうなるんだろう。
 色々考えすぎて硬直してしまったあたしに、おじさんはあからさまに心配そうな顔つきで眉を寄せて語りだした。
「いままで秘密にしていたが、私の一族は或る世界の『かたり部』なんだ。私は翠子ちゃんの準備が整うのをずっと見守ってきた」
 おじさん?
 なに、言ってるの?
 もしかして、今日はわたしが騙されてるの? これはいつもの法螺話なの?
 ちいさいころはこの調子で何度もだまされた。でもここしばらく、あたしはおじさんに騙されなくなっていた。としたら、おじさんはあたしのために、こんな話をしてくれているつもりなのかしら? あのノートを見たとは思えないけど、このおじさんがそんなことするわけはないけど、尋常じゃないくらい勘のいいところがあって、あたしの思ってることくらい幾らでも言い当てることができた。それに、これだけ本を読んでれば、自分がよその世界の子どもだっていうファンタジーをもっても不思議じゃない。それとも、おじさんはこんなふうにしか、夫と子供を置いて出ていった人を語れないのかもしれない。そう考えるとなんかさびしいような気がしたけど、おじさんらしいやり方に思えた。だからあたしも『騙り部』らしく返すことにした。
「ある世界ってどんな?」
 そのとき、階段のきしむ音がした。パパの足音がちかづいてくる。あたしとおじさんはふたりして同時にドアを見た。おじさんはすぐさま視線をもどし、見たこともないほど差し迫った顔をして口にした。
「その説明はあとだ。とにかく、ここを出よう」
「待っておじさん。お母さんはどこにいるの?」
「姉さんは、きみを産んで力を失い、川を流れ、物語の沈む海へ還ってしまった」
「おじさん?」
「いいかい、翠子ちゃん、そこは竜の棲む翠の王国、豊かな河の流れ……」
 首をかしげてその目をみると、おじさんはジーンズの後ろポケットから何かを取り出してみせた。それを見たときのあたしの驚きったら、ことばでなんて言い尽くせない。だって、それは、本物の《エメラルド・タブレット》だったんだもの!
 光り輝く魔法の石をさしだされ、あたしはそこに刻まれたことばを目にしようと屈みこみ――……

 間違わないように、これはただ見せかけだけの
     おわり 

                
 というわけで、ここで唐突に夢の記述は終わるのである。
 だって、ほんとにこういう夢を見たんだもん!          
 




最後までお付き合いくださいましてどうもありがとうございます。
後書がわりにこんなのも置いておきます。(史上最強〈どーん!〉ボタン(ラファティ『宇宙舟歌』)、または「レイフェルおじさん」とわたし
※斜体の文章は、それぞれの作家の著書からお借りしました。感謝いたします。

そして、この物語を記述するにあたって、わたしはそれをためらわずに語りたい。夢の記述は完全に文学の伝統に含まれているからである  

拷問者の影(新装版 新しい太陽の書1) (ハヤカワ文庫SF)拷問者の影(新装版 新しい太陽の書1) (ハヤカワ文庫SF)
(2008/04/23)
ジーン・ウルフ

商品詳細を見る
 



 だれもが自分の知っていることについて書けといわれる。ぼくらの多くにとって、問題は、人生の早い時期においてぼくらが何でも知っていると思うことだ 

スロー・ラーナー (ちくま文庫)スロー・ラーナー (ちくま文庫)
(2008/07/09)
トマス ピンチョン

商品詳細を見る



この話に動機をさぐろうとするものは起訴されるであろう、教訓を見つけようとするものは追放されるであろう、また筋をたどろうとするものは射殺されるであろう

ハックルベリィ・フィンの冒険 マーク・トウェインコレクション(7)ハックルベリィ・フィンの冒険 マーク・トウェインコレクション(7)
(1996/04)
マーク・トウェイン

商品詳細を見る



間違わないように、これはただ見せかけだけの
     おわり


宇宙舟歌 (未来の文学)宇宙舟歌 (未来の文学)
(2005/10)
R.A. ラファティ

商品詳細を見る






ランキングに参加しています。「面白い」と思われましたら押してください。励みになります! 

スポンサーサイト



*Edit ▽TB[0]▽CO[2]   

~ Comment ~

えっ??? 

どっからどこまでが夢だっけ?
とは、ちょっと思いましたが、どうも最近そういうことにこだわらなくなってしまった。

最近、よしもとばななと岡本敏子さんの対談本を読んで、フランス映画(文学)にはオチがない、って話を聞き、納得させることに労力を使わないって世界に興味を抱いた。
いや、もっと以前から、…恐らく、磯崎さんが今の物語は「分かり易過ぎる」という感じのことをおっしゃっていたことの衝撃を、その後幾度となく考えていたせいなのか。
それから、もう御一方、fateがものすごく影響を受けたss(短編)のみを描かれる作家さんの作品の、あれだけ短い文章に濃密な世界観を閉じ込めるやり方、そして、大筋は読者の想像に任せる奇妙な配慮と申しますか。
そういう世界に触れて、更に、fateは躊躇してしまってなかなか描けない、超! 悲劇を淡々と描かれる作家さんとか。
そういう世界でいろいろ考えている内に、影響を受けやすいfateくんは、いろいろな方のいろんな世界を取り込んで増殖…いや、増殖しちゃあかんでしょう、気持ち悪い(--;
なんと申しますか、盗作的な盗用的な、ははははは、と笑って誤魔化すことを繰り返している次第です。
(何、言ってんのか分かんね~)

だから、恐らく‘オマージュ’って言うんですか?(実は、その言葉の意味をよく理解しておりませんが(^^;)そういう作品が多いっす。

磯崎さんを始めとして、けっこう皆様寛大で、すみません、勝手に取りこみました~~~とか、勝手に物語生まれたんですっ!!! と焦りまくって事後承諾いただいても、笑って許してくださる方が多くって、あああ、なんてfateは周囲に恵まれているんだ! きっとfateがあまりにクソガキだから、神様が、周りに出来た素晴らしい人材を配置してくださったんだろう! と大変、都合の良い解釈をしております!!!

うおおおお、何を言いたいんだ???

いや、この小さな物語、ものすごく好きでした。
実は、よしもとばななさんが、旅シリーズでエジプトを扱ったときに描いた小説が、失敗している…という自他共の評価だったというやつが、fateは中毒のようにたまに読みたくなります。
結果を求めない話で、その終わりには何も解決がないのに、そこに漂いたくなる。

ミズキさんとかエリス姫の物語は、ものすごく大好きだけど、こちらに余力…ううん、違う、エネルギーがあるときじゃないとその世界に負けてしまって(?)恐らく体力的に読めない気がします。
が、こちらは、なんとなくいつか読み返したくなる気がします。
そういう位置づけの世界でした。

物語って不思議です。
作者の手を離れると、別の命を持ちますね。
そういうところをたまに読者さまにいただいて、はっ! とします。

あああ、長々と訳分からんことをすみませんでした~~~(^^;

Re: えっ??? 

> どっからどこまでが夢だっけ?
> とは、ちょっと思いましたが、どうも最近そういうことにこだわらなくなってしまった。

あはは、
なんか、どうもソッチ系にfateさんをゆるやか~にお誘いしてしまってるかしら?

> 最近、よしもとばななと岡本敏子さんの対談本を読んで、フランス映画(文学)にはオチがない、って話を聞き、納得させることに労力を使わないって世界に興味を抱いた。

ハリウッド系だとどうしても落ちありますもんね

> いや、もっと以前から、…恐らく、磯崎さんが今の物語は「分かり易過ぎる」という感じのことをおっしゃっていたことの衝撃を、その後幾度となく考えていたせいなのか。

はい

> それから、もう御一方、fateがものすごく影響を受けたss(短編)のみを描かれる作家さんの作品の、あれだけ短い文章に濃密な世界観を閉じ込めるやり方、そして、大筋は読者の想像に任せる奇妙な配慮と申しますか。

「小説は、読んでるひとのあたまのなかにしかない」問題ですね

> そういう世界に触れて、更に、fateは躊躇してしまってなかなか描けない、超! 悲劇を淡々と描かれる作家さんとか。
> そういう世界でいろいろ考えている内に、影響を受けやすいfateくんは、いろいろな方のいろんな世界を取り込んで増殖…いや、増殖しちゃあかんでしょう、気持ち悪い(--;

増殖w
増えてます!!!
面白いv

> 磯崎さんを始めとして、けっこう皆様寛大で、すみません、勝手に取りこみました~~~とか、勝手に物語生まれたんですっ!!! と焦りまくって事後承諾いただいても、笑って許してくださる方が多くって、あああ、なんてfateは周囲に恵まれているんだ! きっとfateがあまりにクソガキだから、神様が、周りに出来た素晴らしい人材を配置してくださったんだろう! と大変、都合の良い解釈をしております!!!

なんどでもいいますけど、そういうのは「盗作」とかじゃないですから!
ひとから影響を受けるのはそれだけ前向きで真剣に書くことと向き合ってるってことだと思うなあ、わたしなら

> うおおおお、何を言いたいんだ???

だいじょうぶ
伝わってます!

> いや、この小さな物語、ものすごく好きでした。

おお、どうもありがとうございます!!

> 実は、よしもとばななさんが、旅シリーズでエジプトを扱ったときに描いた小説が、失敗している…という自他共の評価だったというやつが、fateは中毒のようにたまに読みたくなります。
> 結果を求めない話で、その終わりには何も解決がないのに、そこに漂いたくなる。

あああ、なんか、わかります
その作品は未読ですが、そういうもの、わたしもきっと好きだと思う

> ミズキさんとかエリス姫の物語は、ものすごく大好きだけど、こちらに余力…ううん、違う、エネルギーがあるときじゃないとその世界に負けてしまって(?)恐らく体力的に読めない気がします。

すすすすすみません
あちらは読むの苦しいですよね、はい、書くのも辛いですから、ははははは(汗
そして、ああ、ミズキさんの物語って書かれるfateさんに、なんだかわたしがホッコリしたり
あれ、普通なら深町姫香の物語なはずなのに、fateさんにとっては、彼が大事なんだなあと
それは、途轍もなく、途方もなく、嬉しいことです

> が、こちらは、なんとなくいつか読み返したくなる気がします。
> そういう位置づけの世界でした。

そういっていただくと、ほっとします

> 物語って不思議です。
> 作者の手を離れると、別の命を持ちますね。
> そういうところをたまに読者さまにいただいて、はっ! とします。

はいっ!!
ほんっとうに、そう思います!!!
fateさんにも、教えてもらってますよv
>
> あああ、長々と訳分からんことをすみませんでした~~~(^^;

いえいえ、わたしにはよく伝わりました
いつもほんとうにどうもありがとうございます
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)