唐草銀河

「遍愛日記」
たとえばそれをあなたが何と呼ぼうとも

たとえばそれをあなたが何と呼ぼうとも 2

  ~来須美奈子の回答~

 愛だの恋だの言うのは恥ずかしい。まして、30歳もとうにすぎ既婚者であればなおさらだ。
 これって醒めすぎ? 
 けどさ、龍村さんの妹の茉莉ちゃんからバトンが回ってきたのだった。龍村さんとは大学を卒業してからもわりと頻繁に会っている。それで妹さんとも面識ができて、今では龍村さんより彼女とのほうがずっと仲がいい。
 その茉莉ちゃんから回ってきたのが、【I love you 和訳バトン】。
 実は、ちょっと参ってる。
 あたしは大森に「好き」だなんて言われたことはない。まして自分から「愛してる」だなんて、そんなのこっぱずかしくて言えたもんじゃない。
 そんな言葉がなくてもうちらは何年も付き合っていけてる。
 ていうか、思い出してみると一度もないかも。
 もともと大森(これ、旦那ね)はその手のロマンチックなはなしを聞くとおしりが痒くなると言い放つタイプ。プロポーズがいつもの餃子屋だった時点で推して知るべし。というよりも、その「言葉」があっただけマシ。
 しかも。
 結婚するぞ。
 だった。しよう、でも、して、でもない。
 あれは、梅雨が明けたというのにちっともカラっとしない7月末。
 油染みてベタっとする店の奥の馴染みの席で、とりあえず生ふたつ、と注文したあとに大森が「結婚するぞ」と口にした。
 まるで、「今日は特辛ニンニクぎょうざ頼むぞ」と言うような顔つきだった。
 それでもあたしは頷いた。
 同じく首を縦にふった大森の目が、いつもよりずっと細くなっていた。
 とくに感慨にふける間もなく大ジョッキが運ばれてきて、あたしたちは乾杯した。大森の手が普段より少しばかり高く掲げられ、グラスの当たるガツンと小気味いい音が景気よく響き渡った。あのときの、拳と拳をぶつけあうような衝撃は、あたしの右腕にきちんと刻まれている――……
 ていうか。
 そもそも日本人に「愛」って馴染まなくない?
 万葉時代から正しくそれは「恋」でしょ、「弧悲」!
 それにしてもさあ、夏目漱石も二葉亭四迷もうまいこと言うよね。これ見せられた後で返答するのプレッシャーだよ。大学のとき英語学科だったことを思い出しちゃったから、翻訳についてしみじみ考えてしまうじゃないか。
 けどさ、くりかえすけど、「愛」はお手上げ。
 「恋」という概念なら、理解可能。
 あたしはずっと、あるひとを恋い慕ってたから。
 ま、その秘密の恋はおいておいて。
 あらためて、大森にそれらしきことを言うとすれば。

 あんたと一生、一緒にご飯たべたいね。

 色気より食い気。
 ま、これがあたしたちふたりのデフォってことでよろしく。





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