唐草銀河

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唐草銀河vol.1 『素描――触れ合わぬ手――』試し読み

 

「――親方が亡くなられました」
 突風にその名が攫われた。まるで灯火を吹き消すように。
 誰が。この街フィレンツェの親方だろうか。
 疑問もろとも煽られた羊皮紙をあわてて腕で押さえつけ、扉のほうへ目を向けて、画家は思わず息をとめた。訃報を告げた少年の貌はそれほどに印象的だった。
 すかさず右手の銀筆を握りなおしたその瞬間、鋼色の眼に射抜かれた。かちあった視線には、常に観察者たるものの自負とそれゆえの反撥と、いくばくかの狎れあいが同居していた。画家は手をとめて少年の矜持にひそかに驚嘆し、胸裡でほくそえみ、相手のまなざしに身をゆだねた。同時におのれの本分を忘れるはずもなく、寸前に写しやめた輪郭を眼の裏にとどめおくように、漆黒の髪に縁取られた面を存分に眺めた。
 秀でた額には巻き毛がいかにもうるさげに落ちかかり、濃い眉のしたに蹲る、澄み切ってなおも暗い双眸の片割れを隠して剣呑だ。引き結んだままの唇は頑なで、高い位置にある耳としっかりした顎もまた黒髪にとりまかれ、ただ、突き出た頬骨と鼻の先だけが西日を受けて浮いていた。一見するだに、ただの徒弟には思われない。頬にはにきびをつぶした痕が目について、唇の皮膚も乾いて白くめくれていたが、面立ちにも佇まいにもどことなく品がある。天使には不向きでも、群集のなかに紛れこませ見る側と視線を合わせる人物像としては申し分ない。眼に、見たこともないほどの強い力が宿っていた。  
 いっぽう少年もまた画家の凝視をものともせず、つかつかとその前に進んだ。それからはなしを聞き逃したと察してか、もう一度くりかえす。ただし、こんどは名乗らなかった。
「ヴェロッキオ親方は十月七日、ヴェネツィアにてお亡くなりになりました。俺の師匠ギルランダイオが知らせを受け、こちらのサンドロさんにも伝えるようにと」
「騎馬像は?」
 他に問うべきことも、こういうときに述べてしかるべき言葉もあるはずが、口をついていた。
「ああ、傭兵隊長の」
 少年はそこで小さく肩をすくめた。ヴェロッキオの孫弟子にあたるとは思えない、じつに不遜な表情に気をひかれ、尖筆をおいて注視する。かたりと音がして、少年は見咎められたと気づいて顔をあげたが、とりつくろうこともなく続けた。
「鋳造前とのことですが、誰があとをひきついだかは知りません」
 




続きは同人誌で!
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(※画像はイメージです)

vol.1 『素描――触れ合わぬ手――』(西洋歴史物・長編)
(A5 52頁 オフセット本 450円 2011/6/12)
サンドロの工房へ訪れた年若い少年。その並々ならぬ眼力に彼は驚くが……
――15世紀フィレンツェが舞台のルネサンス絵巻。

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