唐草銀河

「歓びの野は死の色す」
騎士

騎士 10

   そんなことは知っている、このオレをなめるな。
 そう罵ってやろうとしたはずが、唇は無残に震え、言葉を紡ぐことなく閉じられた。
 アウレリア姫――夢か幻かと思い続けたオレの命の恩人、盗賊に誘拐された幼いオレを救い出してくれた乙女は、帝国の姫君であったのだ。
 恐るべきことに、それが「現実」だ。
 身の回りの人間を惨殺された衝撃のためか、オレはいっとき言葉を失い、当時の記憶そのものに欠落がある。だが、傷を負った小さな身体を抱きしめて安心させてくれたひとの、やわらかな胸と甘くやさしい花の香り、その麗しき相貌は忘れたことがなかった。
 『歓びの野は死の色す』における「アレクサンドラ姫」は、アウレリア姫の形代だ。現実の皇女は革甲冑にこそ身をつつんでいなかったが、男装の姫君であった。まして彼女を護衛する一団は盗賊退治まで見事にやってのけた。
 エリゼ派総本山への使者として立った彼女は、オレをそのままそこへと預けた。言葉を忘れてしまったオレを引き取るに相応しいのは宗教施設だとばかりに。
 もしも、もしものはなしだ。
 オレがあのままアウレリア姫のそばにいたなら……。
 そういう想像もした。はなしがなかったわけではないそうだ。後から聞いた。オレは皇女の近侍になるのに不足のない容姿をしていた。むろんそれはオレが言葉を話せたうえでのことで、しかもエリゼ公爵家の人間でなかった場合に限る。現実そうではないのだから、こんな想像は無意味だ。わかっている。
 けれど、考えないではいられなかった。
 何故なら、オレはこの国にいなかったかもしれないのだ。
 そうすれば、少なくともオレは兄をみすみす死なさずにすんだだろう。むろん、その場合は『歓びの野は死の色す』という作品もこの世になくなるのだから、それはそれでどうなのかと頭を悩ませたが、
 しかし、
 オレはあのひとをほんとうに好きだった。
 恋情というのは如何ともしがたい。
 ただの夢、幻とおもっていたあいだはどうということもなかった。オレの女神、麗しの女性、ありきたりの言葉のなかにおさまっていた。されど、あのひとが幻でなくこの現実に生きている女性、しかも帝国の姫君と知ってからのオレはほとんど狂人のようなありさまであった。
 だから、この男がアウレリア姫にオレを袖にしてくれるよう頼んだのはきっと正しい。とうに三十を過ぎて処女姫と二つ名をいただいていた美貌の女性への片想いはエリゼ公国の国主になろうとするオレの立場を、否、この国自体のありようを危うくした。
 その頃のオレはすでに親モーリア王国派、あの賢人宰相とともに両国を盛り立てる道を選んでいた。つまり、朽ち果てようとする帝国と袂を分かつと決めていた。そのために田舎者のオレを招聘し好意を寄せてくれた帝国皇帝の弟である大神官聖下をも振り切ったというのに、オレはあの女性の姿をひとめ見たなり、帝都から離れられなくなった。
 笑えばいい。
 雷に打たれたように息が出来なくなった。
 あのひとも、オレを見た。
 そして、オレをオレと見分けた。
 オレの隣で、この男アンリ・ド・ヴジョー伯爵はオレの「心変わり」を知った。いや、あのころはまだこういう関係ではなかったが。
 だからこそ逆に、あのひとはこの男の言い分を聞き遂げたのだろう。そしてまたオレも、この男の説得を素直に受け入れた。受け入れざるを得なかっただけでなく、あの女性の意志が固いことも理解できた。
 オレを使役できるのは、この世では、あのひとだけだ。
 あのひとが、オレに故国へ帰れというならば、オレは従うしかない。
 だからオレは故国へと帰り、葬祭長となり、そしてまた兄の死を受けて国主にもなった。
 その途中でこの男に乗りかかられたりしながら、な。
 ったく、モーリア王国の婀娜っぽい美貌の才女たちや希代の色事師たちからも守り切った貞操を、じぶんの側付の朴念仁にあっさりと奪われるとは思わなかった。オレもまったく抜けている。美男のくせに浮いたはなしひとつなく、奥方に死なれてからも後添いを迎えることもなかった理由はオレにあったとは知らなんだ。
 さっきもオレの兄の妻を娶れというはなしを言下に断ってくれたしな。言うことを聞かない奴め。
 いや、そもそもこんなやつにどうにかされて悦んでいるオレもオレだ。兄が死んでしまったのだから、そろそろ身を固めてこいつからおさらばしたっていいころだ。
 そう思った瞬間、アンリの唇がひらいた。

「アレクサンドル様、戦争になる前に貴方様にはご結婚されたうえで正統なお世継ぎをもうけていただかなければなりません」
「気が合うな。オレも今、そう考えていたところだよ」
「私の従妹をさしあげます。持参金はそれなりにご用意しております」
「それなりとは、渋いな」
「申し訳ございません。戦争前ですので」

 悪びれもせずそう言って、オレの顔をまじまじと見て問うた。

「断られないのですか」
「戦争前によその国から嫁を貰っても致し方あるまい。この百年以上、エリゼ公爵家とヴジョー伯爵家の間に婚姻は成っていない。なにしろエリス姫と眠れる騎士の幻の婚姻からずっと、両家は互いに不吉なものを感じてきた。その結びつきが禍々しいものとして記憶され続けてきたのは不幸なことだとオレは思う。このあたりで、それを払拭してやったほうが後々のためではないかな」
「アレクサンドル様……」
「さ、用事はこれですんだだろう。早く休め。あ、言い忘れたが、とびきりの美女を寄越せよ」

 オレがそう言って背を向けたとたん、肩を掴まれて振り向かされた。

「貴方様以上に美しい方を私は知りません」
「お前、それを真顔で言うな」
「本心です」
「いやだから、そんなことを言われてオレが嬉しがるとでも?」
「思っていませんよ。はなしは終わっていないと言うつもりでした」
「なら余計なことを言わず」

 そこでアンリは苦笑した。オレは意味がわからず首をかしげた。すると、

「貴方様を死なせたくないと言うつもりだったのですよ。葬祭長でいらしたなら戦場になど出ずにすんだのに。私はこころならずも貴方様を国主にまでしてしまった」
「お前、オレが国主ではこの国が負けるとでも思っているな」
「誰が国主でも負ける時には負けます」

 楡の新芽のように淡い緑色のひとみが伏せられた。主君の前で遠慮会釈なく未来を憂いている。ったく、礼儀知らずめ、と怒っていいところだがオレは黙っていた。戦争の専門家である騎士というやつが言うのだからそれはそれであたっているのだろう。じぶんがどうにかする、と言い出さないところがこの男の美点だと思っていた。
 だが、オレはオレで別の戦いを知っている。だから口にした。

「お前、オレが本当に何者なのかわかってはいまい。
 オレはこのエリゼ公国はじまって以来の男性の葬祭長で、
 この国の秘密を語る《夜》を描いた『歓びの野は死の色す』の作者、
 そして、死者の〈召喚者〉だぞ。
 オレは、最強の軍団を持っている。
 この世で無敗の、エリゼ公国を永世守護する〈死者の軍団〉を」

 オレは青銅製の衝立へと顔をむけた。
 その向こうへ横たわっている『騎士』、このエリゼ公国を未来永劫守護する者へと。





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