唐草銀河

「夢のように、おりてくるもの」
夢うつつ夢うつつ

夢うつつ夢うつつ 9

   あの日、移動中だと知っているはずの教授から連絡が入った。落ち着いて聞いてください、と。おれを探して暴力団員が研究センターに乗り込んできたと。なんなら家には戻らないほうがいいかもしれないと。
 対応は教授がしてくれた。じつを言えば、おれたちはその手の相手には慣れている。夢使いの研究をするとなると社会問題を扱うことになり、非合法な組織もその対象になるからだ。
 ただし、「ごく個人的な事情」となるとはなしは別だ。おれは、もしもの場合には彼を頼みますと頭をさげて電話をきった。
 そしてすぐ、あなたへと連絡をした。互いのスケジュールだけは確認し合っていた。予定通りあなたは家にいた。声を聞いて全身の力が抜けた。あなたは風邪をひいて眠っていたと掠れ声でこたえ、早かったな、もう駅に着いたのかと問うた。おれはなにげない調子で、何か買って帰るものがあるか尋ねた。くだもの、柑橘類がいいと返す声には隠し事がある様子はうかがえなかった。ただ、酷く体調が悪そうだった。
 おれは、あなたに早く会いたい、まだ駅にも着いてないけど声が聴きたくなって電話したと口にした。あなたは、今日は一日何も食べてないと漏らした。おれがいないと食が細くなるいつものあなたらしかったけれど、それだけではないとも察した。
 おれはそのとき何も訊かなかった。あなたが無事ならそれ以上のことは何もなかった。帰ったらあなたのために美味しいものをつくると約束をした。あなたは、出張明けにすまない、早く帰ってきてくれとねだった。とても安らかな声だった。おれはその呟きを胸にとどめて、端末の電源を切った。
 駅をおりて、マンションのだいぶ手前の道で声をかけられた。まだ人通りのある場所だった。おれの容姿は人目をひく。相手はおれ以上にそうだった。りゅうとした大男なうえに顔に痣があった。
 少し時間をくれないか。
 少しですよ。あのひとがこれを待っている。
 おれは片手にビニール袋とケーキの箱を掲げてみせた。相手はしかと頷いた。ポケットにひそめたナイフは使わないですむと安堵した。と同時に、使ったところで無駄だとも考えた。地元で見かけたチンピラや出張先ではなしを聴く破落戸と同じような手合いではない。
 料理屋の一室に通された。酒は断った。相手も口をつけなかった。無言が続いた。おれの顔も見なかった。どこを見ているのかわからなかった。不思議な眼をしていた。五分、いや十分以上してケーキの箱へと視線が動いて、あの人はそういうものが好きなのかと尋ねられた。肯くにとどめた。すると目の前の人物はぎょっとするような高笑いをあげてのち、おれをまっすぐに見据えて口をあけた。
「あの人と別れてくれと頭をさげるつもりでいた。無論ただとは言わない。金で片が付くならいちばんいい」
「今は、そういうつもりではないようですが」
「ああ。無駄足を踏んだと思ってるよ」
「なら、これで帰らせてもらいます」
 おれは立ち上がった。戸に手をかけて、待てというので足をとめた。ある男を知っているな、と。思いがけない名前を耳にした。おれは白を切れなかった。調べがついているとわかった。
「どうりでな。あの人の身体を仕込んだのはあんたか。いい具合だったぜ」
 殺意というのがほとんど歓喜に近いものだと知らなかった。
「ようやく顔色を変えたな」
 声すら出なかった。はったりと判断できていたのに息があがった。おれは立ったまま相手をみおろした。
「帰るんじゃなかったのか」
 泰然と座した男は懐から煙草を取り出して火をつけた。
「夢使いの〈旦那〉をやるには狭量すぎる。そんなだから、あの人があの程度で燻ってるんだ。とうにあの男を超える伝説の存在になっていてよかろうに。あの人の人生を食い潰してるのに夢使いの研究者とは呆れたね」
「……言うことはそれだけですか」
「まだあるが、あんたに教えてやる必要はない。あの人にちょくせつ伝えるさ」
 おれは何も言わずにそこを出た。

 あなたは蒼白な顔をしておれを出迎えた。教授からの連絡で一連の動きは全て伝わっていた。おれの無事を確かめ、ほとんど涙声で迷惑をかけてすまないと頭をさげたあなたを担ぎ上げた。
 四角い箱が潰れ、黄金(きん)色や橙色の果実が床に転げ落ちた。
 
 迷惑? 迷惑ってどういう意味で
 だから職場に俺の依頼人が押しかけて、教授にまで……
 そんなはなしをしてるんじゃない、あなた、あの男がどういう人間か
 俺は夢使いだ、依頼があればどんな人間であろうとあがないを引き受けるのは知ってるだろう
 身体を要求されてまで?

 馬乗りになったおれを見あげたままあなたは固まった。嘘のつけないひとで、おれはそれをとても好もしく思っていたはずが、そのときは違った。おれは訊いた。

 あの男となにがあった

 あなたは咄嗟に口をつぐんだ。おれがその頬に手をやると、その手に手を重ねてきた。

 何もない、本当に あの依頼人ともう仕事はしない 今後一切迷惑はかけない

 おれは激高してその手を振り払った。何もなかったらこんなことにはならないだろうと、あなたの身体を激しく揺さぶった。あなたは、本当に何もなかったとくりかえした。なにもない。ああ、そうだろう。知っている。無理やりあなたを犯す男だったらおれはさっきあの男を刺せばよかっただけのことだ。あなたを守るためならそれくらいのことはなんでもない。でもあなたはおれにあの男と何もなかったと口にした。それがどんな意味を持つのかこのひとはまるで理解していないとおもった。

 たしかめさせて

 あなたはおれに手を伸ばし、目を合わせようとした。おれはそうさせなかった。その手を掴み、シーツへ縫いとめた。

 信じていないのか?

 そう言ってあなたは目をみひらいた。おれはネクタイを外し、その手首を縛りあげた。
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