唐草銀河

「LOVE ART COMPLEX」
付き合うっていったい何をすること

付き合うっていったい何をすること

       同じ月をみて、
     綺麗だと言い合った。

     それから、
     そう、それから……

     おれは、
     わたしは、
     どうしたらいい?

 ***

「おまえらセックスのことばっか考えすぎ」
 付き合うってどういうことかと訊いたとたん、仲のいいやつにそう笑われておれは頭をかかえそうになった。彼女はともかく、じぶんはきっとそうだ。やつが彼女と付き合えというから訊いたのに余計にどうしようもなくなった。
 昨夜、同じ月を見ながら露天風呂にはいった。
 一緒にじゃない。
 合宿所は大学の保養所だ。男女混浴なんてことはありえない。まして隣あっているわけでもなかった、幸いなことに。
 美術部の夏合宿で隣の部屋に彼女が寝ているだけで眠れなかったおれが、壁一枚隔てたむこうで……なんてことに耐えられるはずがない。みなが寝静まったあと互いに部屋を出て、その手に風呂の用意があるのをみてとった瞬間はそこまで意識しなかった。ただ、渡り廊下で満月をみて、なんとなく、なんとなくだが、理解したのだ。
 彼女も、おれのことを好きなのじゃないかと。
 いや、おれの勝手な勘違いかもしれない。都合よく解釈しすぎている可能性だって否定しきれない。しかし、ほんとうに説明のしようがないのだが、同じように感じていると思えたのだ。
 どうしてかはいまだに分からない。たぶん一生分からないんじゃないかと思う。だがそう思ってしまった。確信もある。その確信が、ひとり真夜中に絵を描くおれの、酔っ払った「感覚」のせいでなく続いている。こんなことは初めてだ。
 中学の時に付き合った子とはこんなふうじゃなかった。あのときは卒業と同時に別れることになって正直おれはほっとした。彼女から告白されて始まって、とくに盛り上がることもなく終わった。その子の女友達に呼び出されたことがあった。おれが彼女を大事にしてないとかナントカ文句をつけられた。おれは何も言い返さなかった。おれには分からなかった。何故それを彼女じゃなくてまわりが言うのかが。たしかにじぶんからデートに誘ったりしなかった。彼女の好きなところに行けばいいと思っていた。おれは世界が狭いから、女の子の喜ぶようなところも知らなかった。じぶんで行きたいというなら間違いなく彼女にとって楽しい場所なのだろうと考えていた。でもそうではないらしい。いやそもそもそういうことではなくてデートはおれがセッティングするのが「彼女を大切にする」ことだそうだ。ともかく、そういうこまかいことを延々といわれた。どれもある意味ではあたっていて、別の意味では全然違うと言えそうなことだった。
 その日の放課後、帰り道で歩きながら彼女がおれに謝った。ともだちが嫌な思いさせちゃってごめんねと。おれが聞きたかったのはそんな言葉じゃなかった。だがそれをどう言えばいいのか分からずに、おれはただ、いや別に、とこたえた。彼女はそれを聞いてほっとしたように歩みを止めて、おれをじっと見上げた後ありがとうと言った。それでもうその件は終わりだと思った。おれは、おれが彼女になにか悪いことをしているのかと不安だった。あのときは、その不安が解消されて安心したのだと思っていたけれど、ほんとうのところ自分の頭で何か考えるのが面倒くさかったのだ。彼女のいいようにしていればそれでいいと勝手に理屈をつけた。どこかで、そうじゃないのだと察知していたからあのとき彼女の友人たちに言い返さなかったのだ。
 高校は男子校だった。その後カノジョはいない。好きな子もいなかった。思えば、付き合った彼女のことをおれはどれほど「好き」だったのだろう。クロッカスの花みたいに可愛い子だった。こんなおれのどこが好かったのか分からないが、告白されてうれしかった。彼女が笑っていればそれだけでなんとなくいい気持ちがした。なにかしてあげたいと思わなかったわけじゃない。けれど、おれは彼女の何もかもを知りたいとは願わなかった。そんなふうだから彼女を喜ばせることもなかったのだろう。それを、彼女の友人たちは気がついていた。もしくは彼女が漏らしたのか。
 明るく朗らかな子だった。それなのに、あのときおれを見あげた顔には翳がさした。ありがとうと言ったあと、彼女はきっと、おれに何かもっと言ってもらいたかったのだろう。今なら分からないではない。だが、あのときおれは何を口にすれば彼女がいつもの笑顔を取り戻したのか、どうすればよかったのかは判然としない。どうしてほしいか尋ねたらまた同じ日々のくりかえしだ。たんに彼女に言わせただけでおれは楽をするだけだ。
 そんなおれが、この後どうしたらいいか悩まないでいられるわけもない。お互いに好きだと分かって、けれどそれをきちんと言葉にして確かめたわけでなく、それからどうしたらいいのだろう。付き合うっていったいどういうことだ?

 ***

「いろいろ妙なこと考えすぎじゃない?」
 ともだちに男女交際ってどういうことだと思うと尋ねたら、あっさりと、考えすぎとまとめられた。わたしは思わず脱力してうなだれた。考えすぎ、そのとおり。だってまだ「告白」もしてない。先走ってるね、わたし。
 でも昨夜、けっこう大胆なことしちゃったから。同じ月をみながらお風呂に入ってしまった。真夜中に、示し合わせたわけでもないのにふたり同時に部屋をでた。顔を見合わせてお互い同じ場所を目指してるのがわかったとき、ちょっと焦った。さすがに男湯と女湯が右左に並んでたらためらった。忘れ物したとでもいって戻ろうかとおもった。でもすぐ隣じゃなかった。離れてた。もういいや、とおもった。変に意識しすぎてるじぶんの気持ちが、こたえ、みたいに感じた。
 後悔はしてない。してなかった、さっきまでは。
 朝食のとき、わたしが挨拶してもかれは普通だった。ふつう。今までと変わらない。わたしだけ、どぎまぎした。わたしだけ。
 昨日ふたりして月をみて、無言の時間があった。月光の下、わたしたちはしばらく何も言わず、ううん言えなくて、魅入られたように真っ白いお月様を見あげてた。そのあと、なんとはなしに目があって、それでわたしは「確信」したのに。
 わたしの勘違いだったのかな。
 そうかもしれない。あんな落ち着き払った顔をみたらそうおもえる。けど、でも、昨日は「通じ合った」気もした。なんていうか、何も言わないでもいい、みたいな。そんなのいま考えるとおかしいんだけど。おかしいよね、そういうの。言わないでわかることなんて何もない。そう考えてたのに、昨日はお互いの気持ちがいっしょだと素直に信じられた。あれはじゃあ、満月の「魔法」みたいなものだったのかな、そんなものがあるのだとしたら。恋ってひとを妙な気持ちにさせるね。
 ともだちはさっきのクールなまとめの後、ちゃんと告白して付き合えばいいのにってつけたした。そうだよね、そうおもう。いっしょに月を見るまでは告白してすぐこたえが返ってこなかったらキレそうっておもってた。キレてこの関係を台無しにしそうって。わたしとかれは仲がいいほうだから、期待してたところもあった。でもいまはどうだろう。今は、好き同士だとおもったのに、なんだか怖い。こわい。ってどうしてだろう。両想いならうれしいと思うはずなのになんだか変。
 片想いだったころ、いまだってそうかもだけど、でも勝手にじぶんが好きだとおもっていたころのほうがハッピーだった気がする。いっしょに帰れたとかごはん食べたとか、絵を褒めてもらったとか、そんなことでいちいち喜んでたしほんとによろこべた。顔を見れたらそれだけで嬉しかった。でも今、わたし、なんでこんなにツライんだろう。今までなら、朝イチで会えただけで今日一日ラッキー! て思えたのに。かれが「普通の顔」してただけでうだうだ悩んでる。ばかみたい。
 こんなんで「付き合う」なんてことしたらどうなるんだろう。わたし、どうなっちゃうんだろう。でもこのままじゃだめ、落ち着かない。でもじゃあ、いったいどうしたらいいんだろう。

 ***

 美術館見学の際もふたりは離ればなれでいた。
 ひととおりぐるっと一周し、
 よくやるように好きな絵のところにもどってきて、
 その場所に、
 お互いの姿をみとめた。

 ふたりとも何も口にせず、
 なんとなく隣り合う。
 お互いでなく、
 一枚の絵を前にする。

 そんなふたりを、
 絵のなかの人物が微笑みながら見つめている――


         了
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