唐草銀河

「七星記」
19/11/486-30/12/498

19/11/486-30/12/498

  奴らが襲い来た。すでに警告はされていた。わが竹内家に伝わる予言書によって。通常の航海日誌(ログブック)から設定を変える。多少見苦しい点はあるだろうがこれが故郷へ届くと信じて。他でもないこの私が奴らと遭遇する初めての地球人(テラン)であることに何らかの意味はあるはずだ。言語化した意識のすべてをなるたけ拾っていくよう書き換えた。視聴覚のログはもちろんバイタルサイン等も出来得るかぎり精確に残すつもりだ。しかしこれは、噂には聞いていたが、なんともいえない負荷がかかる。頭蓋のあちこちを指の先で撫でられるような。痛みはないが出発前にさらに精巧な電脳手術を受けておけばよかった。今になってこんな後悔をするのは馬鹿馬鹿しい。もう少しまともなことを言えないものか。いや無理だ。生きて地球に戻れる確率は限りなく低いのだから。星波の二度目の襲来時、奴らは倍化した。この時ならぬ星波の襲来、その怒涛に飲み込まれた宙域は今も激しく揺さぶられ続けている。船外状況を壁面に映し出すが、そうしてできた「窓」は星波の泡立ちに洗われるだけ。すぐそばの小惑星群すら見えないほどだ。その影に隠れ、煙幕をはり、奴らの目から逃れている。この機体がもっとも古い〈竜骨〉を備えているとはいえ、これほどの荒波で無事なのは不思議なほどだ。脱出ポッドにのせた妻と子供たちは無事だろうか。やっと七つを迎えたばかりの双子たち、なずなとせり。そして妻のさつき。かれらに会える日はもうこないだろう。どうか無事に逃げ切ってくれ。眼裏に貼りつけたポッドの軌跡を見るかぎり着実にこの宙域を離れているようだ。救難信号もちゃんと発せられている。連邦の巡洋艦がかれらを救ってくれるよう心の底から祈っている。【門】が機能しない今、自力で地球へ逃げることは不可能だ。全銀河系人類の「御親(みおや)」と名乗るナジュラーア星人(ナジュラーアン)、【門】の発明者にして管理者である彼らが我々を見捨てて逃亡したことをここに再び報告する。詳細は前のログにあるとおりだ。むろん届いていれば、ではあるが。他の宙域で【門】を経由して航海していた船の無事を祈る。それにしても、何のための銀河連邦、その汎人類規約であったことか。銀河系のありとあらゆる星族の平和的集合体の連邦は、この恐ろしい事実に耐えられるだろうか。奴らの襲来についてではなく、人類が人類であることの尊厳、互いを尊重し助け合い永い歴史をかけて築いてきたその「証」が裏切られたことに。もっとも長命な種族、自ら賢明であると触れ回ったものどもが、その宙域に訪れていた観光客や研究者を置きざりにして我先に【門】に押し入ったことをすでに幾度となく伝えてきたが、事実はそれだけでない。宙域にいた我々は積載量を大幅に越えて崩壊した【門】を目の当たりにし、自らそこに残る道を選んだ人々の悲嘆と絶望、そして謝罪の声をも聴いた。彼らは救出を願わなかった。かつて全宇宙の至宝と呼ばれた光の都ナジュールは一日ともたずに灰燼と帰した。薙ぎ倒された建造物、破砕された自然、そして凌辱され貪り食われた人々の姿をみた。正体不明の襲撃者たちはその姿形において既知の生命体との類似点は認められないわけではない。さりながら完全な一致は見られない。捕獲工作はすべて失敗した。残された武器はもう僅かだ。無理もない。ナジュラーア星人の誇る最強の武器ヴァジュラをもってしても奴らを撃破できなかったのだ。今現在連邦にあれ以上強大な武器はない。連邦の思考機械《アレフ》よ、私の声が聞こえるか。聞こえるはずだ。私はそなたにこの声をトレースされていると確信し語り続けている。〈奴ら〉の生体情報はすでに前に送ったログのとおりだ。その後も船に搭載されたありとあらゆるシステムによって解析を続けている。いっぽう私の結論は出ている。このままでは今後半世紀ともたずに連邦は機能しなくなることだろう。【門】が閉ざされた今、その復興とともに急務となるのは、星波を乗りこなすスターライダーの育成とそれを乗せる超光速船の配備、「スターライド航法」の促進だ。ムラカミ航業に命じるといい。戦時特別法を設け村上家総帥を〈星帝〉に推挙せよ。その「準備」はあるはずだ。汎人類が生き延びるためにはそれ以外方法がない。地球人(テラン)への反感が強まることは覚悟の上だ。なんとなれば、ムラカミ航業の「仕事」とは奴らの襲撃に備えた逃走であった。どんな星のどんな人間であろうと操船可能な船の建造、その理念こそが竹内家の予言書に発していることを《アレフ》、そなたは知っていよう。我々はもう何も隠さない。いま正にそれが訪れているときに。七色の翼もつ者が声高らかに奴らを率い破壊と殺戮に淫する今、古代竜の遺骸を銀河大学から連邦軍の管理下に置き地球へ移動せよ。星波は太陽系には訪れていない。奴らは星波に乗って押し寄せる破壊の徒だ。奴らを〈妖魔〉と名付ける。これ以上相応しい名前はあるまい。私は宇宙古生物学者だ。ナジュラーア星へ竜の遺骸を調査しに来た。この機体にその一部を積んでいる。ポッドへは保存環境と積載量の関係でサンプル以外乗せられなかった。ポッドの行方は……無事だ。さつき、子供たちを頼む。きみと一緒になれてほんとうに幸せだった。せり、お母さんとなずなを守って強く生きてくれ。なずな、世にも珍しい双鱗所持者(ダブルスケイラー)のおまえは妖魔との戦いから逃れられない。女の子なのにすまないことをした。ふたりに古代竜の息吹に触れて星の海を渡る歓びを知ってほしかった。今となってはそれがどんな意味をもつものなのかわからない。ただ願うのは生き延びて幸せになってほしい、それだけだ。危険に晒してしまってすまない。父親なのにみなを守り抜けなくて申し訳ない。先ほど家族宛ての便りは私用回線に残したが届くだろうか。妖魔のデータを採集するために残らないわけにはいかなかった。しかし時ならぬ星波の襲来に、そしてナジュラーア星の破壊によってデータ送信は滞っている。ありとあらゆる手段でログを残そうと試みているが覚束ない。この機体もろとも無事に帰る、それ以外の方法は確実でない。それはわかっている。だがもう食料は尽きた。この探査艇はあまりにも小さい。ムラカミ航業の船なのに茶室すらないのだ。その小ささのために妖魔に見つからないですんでいるのだが。竜よ、わが生涯をかけて追い求めた古代竜よ、汝らは本当に死滅したのか。今もこの宇宙は厳然とここにあり、汝らの残した旋律はいまだ荒々しく、小さな船を激しく揺すぶり続けているというのに。しかも我々はその「技術(アート)」のすべてを知らない。ましてそれを断片的にでも引き継いだはずのナジュラーア星人が逃亡した今、このスターライド航法の真実は明かされぬままだ。無茶だという意見もあった。当然だ。旧世界での過ちをくりかえしているとも非難された。再び禁忌を手にしたのだとも。はたして自分たちより偉大なものに手を触れたのは事実だろう。だが本当に「禁忌」なのか。星の海を自由自在に渡ること、それに憧れない者などいるのだろうか。真珠色の飛沫に抱かれてすべりおりる銀波、砕け散る金の波、脊髄を虹色の粒子にあらわれていく快感……竜よ、今こそ謳え、その詩(うた)でこの銀河を満たせ。この宇宙がその詩であることを知った人類は、その旋律に身を委ね、星波に乗ってこれほど遠くへと誘われた。まさかそこでこのような危機に瀕するとは知らず。いや、知っていたが。知っていたが……それがまさか、自分の生きる時代にあたるとは考えもしなかったのだ。笑わば笑え。連邦の《アレフ》よ、くりかえす。私は宇宙古生物学者の竹内秋人(あきと)。これから最後の賭けに出る。私はきっと生きていないだろう。だがこの船の〈リーシュコード〉を拾ってくれ。この凄まじい荒波からこの船の細く頼りない信号、その命綱だけは捕まえてほしい。ここに、妖魔と初めて接近遭遇した者の採取した記録がある。そして何よりも古代竜の遺骸が。これから私はこの星波に乗りに行く。妖魔たちと波のトップを争うことになる。見つかれば破壊されるだろうが隠れていてもしょうがない。機体の壁面を窓に変えて横たわる。腹の下に〈竜骨〉を抱く。背に重なる。同期完了。浮遊。悪くない。小さな波を越える。くぐっては超す。妖魔を避ける。攻撃されない。何故だ。首の後ろに高波の信号をキャッチする。あれだ。あれに乗ればいい。窓をみる。障害物なし。波の泡立ちだけ。先ほどあれほど屯していた妖魔たちが一斉に引いた。何故だ。いや、まさか……あれはなんだっ、見たこともない大きな翼、妖魔か、いや、違うっ、これは……り、……(19/11/486)

 以上が銀河連邦新暦四八六年十一月十九日十五時五分に、宇宙古生物学者竹内秋人の残した記録のひとつである。発見者は私、ユーリ・ヴェルンハージュ、フォルタレザ星人(フォルタレザン)、連邦軍大尉にあたる。禁則事項を破ってナジュラーア星域付近を航天中に捕捉した。非常に古いタイプの滞空カプセルに封印されていたためか、リーシュコードは破砕されていて私の力では読み取れなかった。すでにこのログの時点で妖魔襲来から四日ほど経過している。同時に記録されたはずの解析データ等の行方は不明。それらは連邦の思考機械《アレフ》が秘匿しているとの噂だが定かではない。この文書(文書と呼ぶしかあるまい)は連邦の標準語たる第一銀河語ではなく、母語の日本語によって記録されている。それを翻訳機と村上怜(れい)の手助けによって読むに堪えるよう「復元」した。彼に誰に見せる気かと問われたので正直にこたえた。
せり、そして双鱗所持者なずな。
つまりこの文書を記した人物の双子たちへと。 
軍人である私の日記はすべて《アレフ》が閲覧している。当然このログもだ。怜は密やかに微笑んだだけで何も言わなかった。そういう男だ。なにしろ星帝陛下の孫なのだから。
《アレフ》よ、聞いているか。
待っているがいい。リーシュコードは私が見つける。フォルタレザ星の王族の名に懸けて。地球人に屈辱的な遅れをとったわが民の栄誉を取り戻すためにも。そして古代竜の力を得て妖魔どもを打ち倒す。(30/12/498)

                      了





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