唐草銀河

「夢のように、おりてくるもの」
外伝・小咄

小咄「フレグランス」

  また即興で書いたw 
春夢揺曳(WEB未掲載同人誌収録)・春夢狼藉の少しあと 




小咄「フレグランス」


 叔父が事務所の衣替えをするからと俺たちふたりに声をかけてきた。バイト代を出すと言われては断る理由は何もない。机だの椅子だのパーテーションだのを移動し、それぞれに蘭の鉢植えといかにも高価そうな壷を抱えていたときのこと、叔父が隣りにいた彼へ扉の向こうから声をかけた。きみ、それを置いてちょっと来なさいと。そして俺へは、ずっと働きづめだろう、あちらにお茶を用意したから少し休みなさいと口にした。
 彼は、いったん俺のほうへ顔を向け、壷をおいた。
「すこし、借りるだけだ」
 そう言って苦笑を浮かべた叔父のようすに、俺はじぶんが何か心得違いな感情をおもてにだしたと知る。頬に血がのぼり、失礼しますと述べた声が無様に裏返りそうになって慌てた。
 背後で扉がしまる音を聞いてほぼ無意識に振り返った。だが、その重厚な扉を叩く勇気はなかった。

 出会ってからもう一年近くたつのに、血の繋がらない叔父とは、いまだにどう接したらいいのかわからない。とても親身で、やさしくて……痛いほどそう思うときもあるのに、今みたいに妙に隔てられていると感じて戸惑うことがある。彼のように、気楽に話せない。いや、もともと俺はそんなに誰とでも打ち解けることができる人間ではないのだが、それにしても、もう少しどうにかならないものか。
 叔父には、俺と彼の関係も知られている。
 店長の、「愛人」だということもようやく気がついた。
 先日、彼の所属する会が正式に大学の研究センターとなった。それを確たるものにしたのも叔父の力だ。

 コーヒーでなく紅茶のポットが用意されているのはたぶん、店長の配慮だろう。俺がコーヒーをあまり好かないのを知っている。腰痛持ちだからいかないと言っていた。事務所は敷居が高くてなとも呟いた。
 
 叔父を嫌いじゃない。
 尊敬している。ほんとうに。
 ずっと、名乗り出ることもせず、見守ってくれていた。俺をここに導いたひとでもある。

 舶来物のチョコレートを口に含む。甘く、濃密な香りがする。舌のうえで転がす。甘い。とてもあまい。
 ため息が漏れた。

「こういうの、外国の菓子って感じがするね」
 立ったままチョコレートをつまんで口へ放りこんだ彼へと紅茶をつぐ。彼は座らず、手先を見ている。それはいつものことなのだが……。
「研究センターの件か?」
 そうたずねた俺に、いや、と首をふる。プライヴェートな件だったと告げて横に腰をおろしてカップに口をつけた。
 プライヴェート?
 そう言われてしまったら、これ以上は聞けやしない。
 なんとなく、わだかまるものがあるのはさすがに自覚した。だがそれを、なんと言ったらいいのかがわからない。
 すると、あ、と声をあげてカップを置いた彼がポケットから小さな壜を取りだした。
「これ、嫌いじゃない?」
 爽やかでありながら、いくらか渋みのある苔と樹木のかおりがする男性用フレグランス――嫌いではなかった。さらなる変化と奥行きを予感させるそれはむしろ好きだと言ったほうがいいはずが、俺はこたえに窮した。

 俺の師匠はシャワーを浴びる気軽さでかおりを着替えて仕事へ出た。依頼人の女性から贈られるそれをこころよく受け取って、サーヴィスだと言わんばかりにつけていく。俺にはとうてい真似が出来ない。香音を聞くのに邪魔になる気がするからというだけでなく、じっさいなんの差し障りはないのだが、俺がそれを好かないのだ。
 それに、誰かから贈られたかおりを身にまとうのはそれは――……

「手間賃にもらった。あなたが嫌いじゃないならつけようかとおもったけど」
 テーブルへ置き、ちょっとトイレと立ちあがった。
 その背を目で追わなかった。廊下の向こうへ足音が去ってから、卓上にある綺麗な形のそれを見て頭をかかえた。

 これは嫉妬だ。
 彼に似合うものを選び、それを気安く、なんでもないふうに贈ることができる――俺には出来ない。

「花と植物関係は任せた。おれ、お高そうな壷とか運ぶから」
 トイレから戻ってきた彼に声をかけられて、ああと頷いて立ちあがる。気持ちを切り替えて仕事をしないとならない。後ろ髪引かれるおもいでテーブルを振り返った。そこには、俺の好きな香りのものが揃っていた。


 数日後、荷物が家に届いた。
 叔父がポケットチーフやカフスといったものを送ってよこしてくれたのだった。
 電話で御礼を述べると、お古だが、ちゃんと君が気に入りそうなのを選んでもらったと笑った。赤面するしかなかった。つづいて、誕生日には何が欲しいか考えておきなさいと言われたので、彼といっしょに食事がしたいとこたえた。すると、電話の向こうであのときと同じように笑われた。こんどは俺もわらった。
 となりで、彼はとても困ったような顔でいたけれど。

 その後、例のフレグランスはシーツやタオルとともに置かれることになった。
 きっと俺の好きな香りだと叔父が言ったと聞かされたのは、ずいぶんと後のことだった。


 了





ドアがしまったあとラスボスに「きみ、嫉妬されてそんなに嬉しそうな顔をして……!」て冷やかされて「甥っ子に意地悪する悪いおじさん」と言い返す茶髪くんw

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