唐草銀河

「遍愛日記」
3月23日 正午

3月23日 正午 (69)

   否定するのもなんだと、ゆるく左肘をかかえたままごまかすことなく伝えた。
「ふたりとも、もっといいひとがいるでしょ」
「そんな断り文句」
「通用するとは思ってないけど、なんかちょっと奇妙なことになってやしない? 急ぎすぎるっていうか。年なんだからゆっくり行かない? プレッシャーかけすぎだから」
「言ってる意味はわかるんすけど、ゆっくりしてるとセンパイ、絶対につかまんないから」
「たまには私から追いかけさせてよ」
 本音だ。ふたりとも早すぎるのだ。フライングだから、それ。ちょっとは手順を踏もうよって、私じゃなくても言いたくなるんじゃないだろうか。
「や、それは……ミズキはそれ狙ってるんだと思うけど、危険度高いなって」
 なるほど。押して押して押して、きゅうに引く、ね。ああでも、そうすると私、自由になったと思って一目散に自分のしたいことだけするために駆け出すってわけ。はは。
「私がこれだけノーって言ってるんだから、潔く諦めるっていうのはないわけ?」
「ノーって言ってるの?」
「言ってるよ!」
 その瞬間、あれ、と自分で首をかしげた。よくよく思い出すと、考えさせてってこたえてしまったのだ。かといって今さら訂正するわけにもいかず、うつむいた。
 ふたりをキープしときたい気持ちがどっかにあるのかな。今、自分に自信がなくなってて、他者から求められることで自己を確認したいなんていうヨワッチイ心持ちになってるのだとしたらサイテーだ。
 いや、それで納得して安心できるひとはそれでいい。でも私は無理。他人様にそういうのを安堵されても束の間のことで、そんなの嘘っ八だと思ってしまう。それくらいのことは、二十代でちゃんと理解したはずだ。
 だとしたら、気に入らないな。
 ミズキさんのパトロナージュを期待してるのは、しょうがない。だって、計算高いといわれようが、あればあったで絶対に有利だ。
 なにしろ私はルネサンスオタクだから、ヒモ付き芸術が本道だという気持ちが、どこかにある。十九世紀後半の印象派あたりから画家本人の芸術が追及されるようになったこと自体、人類の歴史上ほんのちょびっとの間のことだ。それに、自分がやりたいのはいわゆるファイン・アーツじゃない。私がかきたいのはイラストレーションだ。ずっとずっと、ひとはそうやって絵をかいてきたんだから、絵の言葉をかいていきたい。
 といって私、彼にちゃんと利益を還元できるかしら。ビジネスになるほど、モノになるかしら。
 自分が食べてくだけじゃなくて、ほんとはもっと大層なことがしたい。ミケランジェロのようになりたいとは言わないけれど、あの高みに昇れるなら昇りたい。行けるところまで行きたい。
 ああ、また。けっきょく私、ほんとに自分のことしか考えてない。ぐるぐる考えても、いつもいつも、最後には自分に戻ってきてしまう。ミズキさんのことも、浅倉くんのことも、実はちっとも考えてない。
「浅倉くん、私、ほんとに自分のことしか考えてないヒドイひとなの」
「はあ」
「はあ、じゃなくて、私に期待してもいいことはなんにもないよ?」
「それで普通じゃないすか? 頼ってもらえればうれしいけど、センパイが自分から甘えてきてくれるなんてちっとも思ってないし」
 ちっとも、とまで言われるとなんだか微妙な気分になる。私は浅倉くんに甘えているという自覚が、実はある。かなり、ある。
「オレ、とにかく一緒にいたいんすよ。センパイが幸せならそれでいいってのは、すみません、かっこつけすぎたので取り消します。実際、ミズキと一緒のところ見たらオレ、かなりヤバイ感じになった」
 でもさっき、ミズキさんが好きかどうか、私に尋ねてなかったか? 矛盾してない?
「浅倉くん」
「オレに期待すればいいよ。オレ、絶対に裏切らないし」
「どうしてそこまで自信もって言えるの?」
「好きだから」
「だって、そんな」
 埒があかないというか、不条理な気がした。混乱している頭の横で、浅倉くんがゆっくりと囁いた。
「じゃあ試せば。そんなに信じられないんだったら」
「そんなことできないよ」
「そう? たいていの女の子ってもっとすごく何でもかんでも自信がなくて、いつでも試そうとしてくるよ」
「私も自信ない」
 そこで彼は遠慮のない様子で笑った。
「ないはずないじゃん。オレ、すごく真面目に憧れたよ。低きに流れないっていうか、高いとこばっか見てるっていうか」
「そうじゃないの」
 そうでもしておかないと、ずるずるのだらだらになりそうだから、それが怖い。自分に芯がなくなってしまいそうで、いくらでも躊躇いなく、卑怯なこともあくどいことも、どんなことだってしてしまいそう。
 たぶんほんとは、私は男を試せる。際限なく、やれるだろう。否、事実として試してきたのかもしれない。それでダメだったのか。どうなんだろう。わからない。今となってはほんとに謎だ。わかるのは、私が自分で相手を口説いたことがないってことだけだ。
「浅倉くん、いつもどうやって女のひとに言い寄るの?」
 彼はぎょっとして身体をひいた。
「な、なに」
「言いたくなければいいけど、たくさん女の子と付き合った経験があるみたいだし」
「え、や……」
 尻込みするのはどうしてだ。問いつめたくなるじゃないか。
「オレ、あんた以外、誰にも言い寄ったことないよ」
「またそんな、ウソつかなくていいから」
「や、これはマジで」
「学生時代はともかく、就職してから結婚したいと思ったひとだっていて当然じゃない」
「いるわけないだろっ」
 怒鳴られて目を丸くすると、彼は血の上った頬を隠すようにうつむいて吐き捨てた。
「……男が一生になんども恋なんかするかよ」

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