唐草銀河

空の御座~終わりの始まり~

私はあなたに嫌われているとは思ってませんけどね

 


 
 木洩れ日がきれいだ。
 太陽が雲間から顔をのぞかせた。長い冬がようやく終わり、春と呼ぶにはまだ早いかとも思ったけれど。この光りは、春の優しさを彷彿とした。柔らかくたよりないほどの陽射しが幾重にもかさなる梢のあいだをくぐりぬけて、森の中に淡い緑の陰をいくつもいくつもつくっている。
 その陰影のひとつが、アスランの端正な横顔をうつして揺れていた。
 見とれていた自分にはっとする。長い睫が影を落とす瞳はまるで夜明けの空のような神秘的な紫色で、見る人をどぎまぎさせたものだ。見慣れてるはずの僕だって、たまにこうして、どきっとすることがある。
 風が、あるのか。
 黒髪をなぶる風に、アスランが乱れた髪をかきあげて背へと払いあげた。その白い手に目をとめると、彼の長く形のいい指を飾っていた豪奢な指輪が見当たらない。紫水晶にパライオロゴス家の紋章を刻んだ銀の指輪は、同じく紫水晶の銀の輪と対になっていて、アスランがいつも身につけていたものだった。 視線に気づいたのか、アスランが隣に腰をおろす。
「カシャ様」
「なんだよ」
「まだ、機嫌はなおりませんか」
「機嫌が悪かったのはそっちだろう」
 アスランが苦笑して、大の字になって寝ている僕の頬を指でつついた。
「痛いよ。触るな」
「腫れはひいてますよ。ちゃんと手加減しましたから」
 追手を十人やっつけた後、こいつってばさっきの続きと、ふらふらの僕に三度も手をあげたのだ。すっかり油断していた僕はよける間もなかった。二度ずつたたかれた頬はまだひりひりしている。
「いい加減、機嫌をなおして起き上がってください。もうはたいたりしませんから」
「話をすると言っておいて叩くやつがあるか」
「あなたのはなしを聞くとは言ってませんよ」
 睨みつけたが堪えている様子はない。 
「あなたがいけないんですよ。助けにきた私にあんなことを言うから」
「助けてくれなんて言ってない」
「あんなに無防備な背中をさらしておいてよく言いますね」
 むっとした。反論のしようのないところを突いてこられたが、僕にだって用意がないわけじゃない。けれど、それを言っていいものかわからない。
「カシャ様、もうしばらく休んだら動けそうですか」
 真顔でたずねてきた。動けないとこたえたらどうなるのか考えたくなかった。腕があがらない。足も震えてガクガクいってる。何よりも身体が怖がっている。心臓が竦みあがってる。隣にこいつがいなかったら叫びだしているかもしれない。
今までも刺客と戦ったことがある。ひとりで暗殺者に対したことも。でも今日は違う。まるで違う。アスランはたしかに僕を背中に守っては戦わなかった。けれど僕は守られていた。
 空が青い。
 そらが、あおい。
「カシャ様?」
「……おまえなんて嫌いだ」
「私はあなたに嫌われているとは思ってませんけどね」
と、自信たっぷりに反駁する。
「そういう自信過剰なところも嫌いだ」
「嘘です」
「ウソじゃないよ」
「じゃあ、反対のことを言ってるんですよ。あなたの素直じゃない口が」
 ……もう、いいよ。
 僕はアスランに背中をむけて転がった。
「汚れますよ」
「かまわない」
「せっかく綺麗なおぐしなのに」
 そう言って僕の巻き毛に指をあそばせる。ええい、うざったい。
「触るなよ」
「鏝(こて)をあてないでもくるくるとたて巻きになるのは姫君みたいで可愛いですよね。しかも、こんな甘い蜂蜜色をしているし」
「うそつき。おまえくらいだよ、そう言うのは」
 アスランの、微苦笑が見える気がした。
 だいたい僕は他の王族はもちろんのこと女官たちにまで、王家の子供にしては美しくない、と囁かれつづけてきた。
 僕がこんな森の中に放り出されているのは預言のためでなくこの顔のせいだったかもしれない。アスランならともかく、僕が美麗を謳われる闇王国の王子であるとはきっとだれも信じてくれないだろう。闇王国なんてあやしい名前でもっともらしく呼ばれてしまう因襲の国に、僕みたいなぶさいくな子供が生まれてきたことがそもそもの間違いなんだ。美しくないだけでもすでに王子として失格なのに、僕はそのうえ魔道が使えない。父上様もそちらの天禀(てんぴん)に恵まれていたほうではないけれど、それにしたって僕には才能がなさすぎた。
 王家の王家たる所以をもたずに生まれてきた僕。
 そんな僕を王子と、しかも第一王位継承者と呼ぶのに反対する人がたくさんいてもおかしくはない。しかもあの預言がとどめをさす。だから、僕がほんの幼い頃から命を狙われたりすることも不思議に思ったことはない。死にたくはないだけで。
「嘘じゃありません」
 真面目な声にむきなおる。
「なぐさめてくれなくてもいいよ」
「あなたを慰めてどうするんですか」
「じゃあ、お世辞だよ」
「いまさら追従もないでしょう」
 そう、だね。四発を殴っておいて、お世辞は言わないか。
 僕はどうしてかアスラン次の言葉を待った。
「本当ですよ。その青い瞳など、」
「言うな!」
 飛び上がった僕の叫びに、アスランがすぐに言葉をとめた。その目が僕の青い目をじっとのぞきこんでいる。
「僕を、見るな」
「カシャ様」
「僕の、目を、見るな」
 僕の、青い目・青い目・青い目
「聞いてください」
「言うなっ!」
「カシャ様」
「言うなったら、言うなっっ」
 アスランが唇をかたく結んで僕を見据えた。
「嫌いだ。そんなことを言うおまえは嫌いだ」 
青い目のことを言われるのも、言う人も。そしてこの青い目も。たまらなく、嫌だった。
 アスランが諦めたのか、重いため息をついて立ち上がる。
「嫌いでも何でも、これからのことを考えないと」
 なにを考えるって言うんだよ。
 城じゃ僕はもう死人になってるんだろうが。もうどうしようもない。この国で、パライオロゴス公爵に逆らえる人間なんて誰一人としていないんだから。国王である父上様でさえ、公爵の操り人形のようだった。なにもかも取り仕切られて、形ばかりの国王として玉座についている。
 僕はささくれだった気分のまま、アスランを仰いで言った。
「おまえが僕を殺して王位につけばいいじゃないか。おじい様に似たおまえなら誰もが納得して、それで八方丸く治まるさ」
「……できればとうにやっていますよ。誰が治めても同じなら私がしても同じです。あなたは本当に可愛いですね。私のことを疑いもしない」
 そう言ってアスランはにっこりと微笑んだ。嫌味なのか皮肉なのかすらわからないその顔をじっと見つめた。
 この男は五年前から僕のそばにいる。彼は国一番の権力者であるパライオロゴス公爵の跡継で、宮廷一の剣士だ。生まれの高貴さとその才能と、美男王と称えられた先代によく似た美貌と……だれもが彼を賞賛しうらやんでいた。けれどたぶん、僕以上にそれを羨望するものはいないはずだ。
「ひとまず国外に出て様子を見ますか?」
「様子を見て、どうするのさ」
「それはなんともこたえようがありません。私も国外に布石をおくほどの余裕はありませんでしたからね」
「おまえ、この計画をいつから知ってたんだよ」
「そんなことはどうでもいいんですよ。私があなたの側近としてこの都にきた当初からあなたをなきものにしようと画策する人間達がうようよいたのですから」
「今日のそれは今までと違う」
「……陛下の御容態が思わしくありません」
 父上様の青白い顔がふっと脳裏に浮かんだけれど、とくに何の感情もわいてこなかった。この数年お姿をお見かけしていない。そもそも城へ行っていない。
「もしもの場合にはあなたの弟君が跡を継ぎ、私の父が後見となるかと思いますが」
「……イスタナン」
 弟の名前をつぶやくと、アスランが静かにうなずいた。
 イスタナンが生まれたのは僕が五つのときだ。王族や貴族達から僕が徹底して無視され、まるで生きてはいないような扱いを受けるようになったのはその頃からだった。もっとも、その以前から僕が王子として丁重に扱われていたわけではない。
「この森を抜けて河をくだりアデン王国へと向かいましょう。私の母の生家がありますし、そこであなたを匿うことも可能です。後ろ盾として心強いというほどではありませんが」
「後ろ盾?」
「ええ。陰謀を公にしてもパライオロゴス家の首謀者、つまり父や叔父やその他の貴族を処罰することはできないでしょう。かりにも闇王国の第一王子が暗殺されるような陰謀を公にしながら、何の手段も講じられないことに御不満もあるかと思いますが今は」
「そんなことをきいてるんじゃないんだ」
「では」
 なにを、とアスラン。
「おまえ、公爵を裏切ってこのままですむと思っているのか。たしかにおまえは公爵の実子だけど、だけどそんなことであの人が裏切りを許すはずが」
 アスランが僕の言葉を途中でさえぎった。
「そんなこと、あなたが心配することではありません。私はあなたのように脆弱ではありませんので。自分やその周りのことをよく分かっています」
 厳しく諭すように言った後に続いて。
「それに、私は父を裏切ったわけではありません。私はこの陰謀に加えられていないのです。まあ、父の意に背いている事実に変わりありませんが」
 最後のは、自嘲気味だ。
 でも、それじゃ。
「誰が、おまえにこの計画を漏らしたんだよ」
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