唐草銀河

王と修道士 【Kyrie eleison】再録

一一三四年、王の語り――《修道院に捧げられた子》

  一一三四年、王の語り――《修道院に捧げられた子》

 わたしは、この修道院に捧げられたものですから……

 今となってはその言葉が、余の内側に何故あれほど触れたのか、それさえ定かならぬが――その言葉を発したのも、聞いたのも、共に十三歳の少年だった。
 あれからいったいどのくらいの月日がたったのか……三十、いやもう四十年近い。余も年をとるわけだ。
 我が息子ルイよ、そなたは幾つになった。
 もうすぐ十四歳? 
 ほお、ならばちょうどいい。では、今日は父とその無二の親友であるシュジェールが出会ったころについて話して聞かせよう。
 そなたも知ってのとおり、余は一年と短い期間であったが、我がフランス王家の菩提寺である聖ドニ修道院で学んだことがある。パリ司教であった聖ドニが異教徒に斬り落とされた首を抱えて歩きながら説教を続け、ついに倒れ臥した場所に建立された聖堂の御威徳については、そこに住まうそなたのほうが詳しいことだろう。またそこで、さきの言葉を口にしたシュジェールと余が一緒に過ごしたこと自体はすでにくりかえし聞かせている。おりしも父王が母を離婚して、教皇聖下から破門された時期のことであった。
 されど、世のひとびとが噂するように、余と彼はその当時から今のように親しかったわけではない。むろん、互いに知らない仲ではなかった。余はこの国の王子であったし、彼は彼で自身がそういうように《修道院に捧げられた子》であった。その意味するところは、あの修道院の寵児であり、長じては大事な役職を得ることを約束された選ばれし者であるという厳然たる事実であったからだ。
 十歳で修道院に捧げられたシュジェールは、十三歳にしてすでにみなから一目おかれる少年だった。彼の、あの黒々として大きな目はいつも好奇心に満ち溢れ、楽しげにきらめいていた。彼は古代の詩を諳んじて学友たちの喝采をあび、囃したてられると調子にのっていくつでも、飽きることも尽きることもなく披露した。そのころから背も低く痩せていたが、声は大きくよく通り、快く耳に響いた。また歌をうたうときのシュジェールは歌詞と旋律の美しさに自身を委ねるように白い頤(おとがい)を仰のけて目をとじた。今にして思えば、あの当時から彼は自身の胸のうちに、美しい王国の姿を思い描いていたのかもしれない。
 シュジェールは利発で快活な少年らしく、修道院の上役たちに可愛がられることはもちろん、下働きの者にも敬愛され、学友たちにも万遍なく好かれていた。
 余はだから、あの言葉を聞いたそのときまで、彼がひとりでいるのを見たことがなかった。常にひとに取り囲まれていた。彼はあのとおり非常にお喋りで、時間が許せばいつまでも話し続けるような癖もあったが、その一方、けっしてひとから煩がられたり邪魔にされたりする質ではなかった。シュジェールはよく、そのひととなりを見ていた。つまり、たとえどんなに些細なことであろうと、何もかも見過ごさぬといったふうな油断のないところもあの当時からしっかりと備えもっていたのだ。
 そうはいっても、彼の顔にはしんから無垢な、赤子のような笑みがいつでも絶えることなく浮かんでいて、それをしてひとびとはシュジェールを愛した。
 はっきり言おう。余は、シュジェールを好かなかった。のみならず何か得体のしれないものを感じていた。
 おや、ルイよ。そなたには珍しく、心底驚いた顔をしているな。年のわりに落ち着きすぎていると噂されるそなたを驚かすことができて、余はとてもよい気分だ。
 ルイよ、そう不服そうな顔をするでない。余はそなたが心酔する聖ドニ大修道院長シュジェールを怪しい奴だなどと言うつもりはないから安心せよ。
 そなたとて、よくわかっておろう? 余の治世に彼なくば、否、このフランス王国にシュジェールという傑出した人物がいなければ、この国の栄誉と安寧は保たれなかったであろうことを。
 だが、あの当時の余は、シュジェールをどうしても理解できなかった。
 そなた、その理由は察しがつくか?
 ルイよ、遠慮しなくていい。今ここに、そなたとその父である者ふたりしかいないのだから。
 おや、それでも首を横にふるか。当てずっぽうでも構わぬ……いや、よい。無理に口にせずとも。気が変わった。余自身ですら、その当時の気持ちをうまく言葉にすることができぬものを、たとえ余とシュジェールをよく知るそなたでも言い当てられようか。
 だが、それでもな、十三歳の少年であった余が、たとえひとときなれどシュジェールをどうしても理解できず、好もしく思いながらも遠ざけた事実を、そなたにだけは話しておきたいように思ったのだ。
 ルイよ、明日これを持ってシュジェールのところに行っておくれ。
 見せれば、わかる。
 
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