唐草銀河

王と修道士 【Kyrie eleison】再録

一一四四年献堂式の前夜、新王の語り――《我が最愛の友よ》

   一一四四年献堂式の前夜、新王の語り――《我が最愛の友よ》
 
 聖ドニ大修道院長シュジェール猊下、今宵は七年前に身罷った父王のはなしをしても宜しいでしょうか。
 戦争王と呼ばれた丈高き騎士ルイ六世は、息子である私の結婚を取り決めてすぐ亡くなりました。五十六歳のことでした。
 父王はいつの頃からかその巨体をもてあまし、病に体力を奪われながらも気力までは手放すことをよしとせず、肉体の衰えを憂い、知恵と肉体の成熟が同時ではないことを、よりよい王国統治が存分に果たせないことをよく嘆きました。
 いよいよとなったとき、国王に相応しい身なりのすべてを貧しきひとびとに分け与え、歓びをもって多くの富みを聖堂に寄進し、その身をせいいっぱい浄め、長年の望みどおりに修道士となりました。
 告解をすませた父王は粗末な寝床にみずからすすんで横たわり、我が師、つまり貴方様を見あげて問いました。
「我が最愛の友よ、何を泣くことがある」
 猊下はほとんど誰の目にも疑いなく涙を流しておられましたが、泣いてなどおりませんとおこたえになりました。それには、死の床にある父王も笑わずにはおられなかったようで、僅かばかりその頬が緩みました。けれど続きは笑い声でなく、苦しげな喘ぎに変わりました。猊下は気丈にもそれを見つめ、次のように言いました。
「貴方様は以前、やはりこうして倒れられたときに、嘆き悲しむわたしに泣いてはならないとおっしゃいました。神がその御慈悲により貴方様と神との対面準備を整え給うことをむしろ欣喜雀躍せよと命じられましたので、わたしは泣きません」
 それから、涙を隠すようにしてそれを素早く拭った手で、父王の胸のうえで合わせられた手を掴まれました。
「貴方様は復活の日まで、聖ドニ修道院の聖堂でおやすみになられるのです。かつてお話しいたしましたように、わたしはこの聖堂を王冠のように輝かせ、唯一の真の光によって、その魂を天へと向かわせる処にすると誓います。わたしは聖ドニ修道院に捧げられたものです。わが修道院の封臣であり且つ我がシュジェールの主君であるフランス王家を、そしてその菩提寺を永久に守るものとして生まれたのです。この命尽きるまで、貴方様の御子息ルイ七世陛下に最大限の助力と助言をいたします。どうぞ安らかにおやすみください」
 父王はその言葉に深く頷かれ、猊下の手を両手にしっかりと握りこんだまま目を閉じて息を引き取りました。さいぜんのそれと違い、たいそう安らいだ表情であったのが忘れられません。
 猊下、私はふと思うのです。あのときすでに、我が父ルイ六世の目には、今のこの聖堂の姿が見えていたのではないかと。王冠の形にも似た、麗しい硝子絵を通して照らし出されたこの歩廊の美しさを目の前にしたのではないのでしょうか。父王はあのとき、この、何よりも明るい光に満ちた至聖所の完成した場所に立っていたのではないかと、私には何故かしら、そう思われるのです。

 私がそう口にすると、猊下はそっと瞳を伏せたままかすかに頷かれました。それから色硝子に覆われた宝石のように美しい壁面へと顔を向け、じっとしておられました。そして突然、あのとき我慢していた涙を今は堪えなくともよいと思し召したかのように、このめでたい献堂式の前夜に、大声をあげて子供のように泣きだされたのでした。
 いつも明るく陽気な大修道院長の突然の涙に御付きのものどもが仰天するなか、私は猊下の痩せた小さなからだをみなの視線から守るように柱の陰でそっと抱きしめました。この地下で眠る父王の、《最愛の友よ、泣いてはならない》といったあの時の声を思い出し、今だけはこの方を、思う存分に泣かせてさしあげたいとおもったのです。
 この方がこの聖堂にいくつも自身の肖像を描かせ、またその名を入れさせたことをただの見栄張り、はては己の野心、低い身分に生まれたものの卑しい仕業と見るものがいるのを私は知っています。そう思いたいものは、そう思えばいいでしょう。
 けれど、私とその父であるルイ六世は知っています。この方の署名、その姿をここに留めさせた本当の理由を。
 この方は聖ドニの守護の下、その最愛の友である我が父ルイ六世と永久に共に在りたいと願われたのです。またその銘は、我ら王家を永遠に守護すると誓った約束の署名として刻まれたものでした。
 私の胸を濡らす猊下の涙は、聖堂の薔薇窓を思わせる快い風に吹かれてすぐ乾くことでしょう。そう思ったときのこと、泣きやまれた猊下は顔をあげ、照れ隠しのように私へと微笑まれました。
 そのお顔に十三歳の少年の面影がふと宿ったことは、この先いつか、この菩提寺に横たわったときにでも、私と同じ名前の父王にこっそり耳打ちすることにいたします。 
  
                  了
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