唐草銀河

掌編・短編

THE HAPPY FEW

   あなたは今、ある小説を読みはじめている。

 それは素人の、つまり文学フリマに出展しているアマチュアの書いた作品で、冒頭数行を目にしただけで、すでにしてあなたは不満たらたらである。何故もっと刺激的な、読者の興味を引くような書き出しにしないのだろう。始まりはその小説に期待をもてるかどうかを判断する重要なところなのだからキャッチ―に、または魅力的にすべきではないか。

 あなたはそう考える。それも当然の話だろう。

 ところが、往々にして書き出しはモタモタしている。そこで何が起きているのかすら、よくわからない。そして目の前には作者が鎮座している。期待に満ちた表情で、それとも不安そうな顔つきで、あなたの様子をそれとなくうかがっている。いや、時によっては「ガン見」されることもある。なかにはいかにも挙動不審なありさまで、せっかく読み進めようとするあなたへと早口で小説の内容をまくしたてようとする書き手もいるかもしれない。

 あなたはたまたま・偶然・これといった格別の理由もなく・ほんとうに何気なく、その小説を手に取ったのだ。だからここで本を置いて、一礼して立ち去ればいい。あなたにはそれも許されている。重々わかってはいる。

けれど、あなたはそうしない。どうしてかわからないが、そうしなかった。たぶん、たんに面倒くさかったのだ。

 書き手はあなたが本を手に持ったままなのでほっとしたのか、先ほどよりもずっと打ち解けた様子で、このイベントにサークル参加しているのか尋ねてきた。隠すことでもないのであなたは自分の名前とサークル名を告げる。

 すると書き手は目をみひらいた。あなたにはそれがいささか滑稽なくらいの表情にみえた。それに、自分のサークル名と名前が知られていたことにもおどろいた。あなたは著名な大手サークルではないと自覚していた。実際に一イベントで五〇部、百部と売り切るようなことはない。といって初参加でもない。それに毎回きてくれるお客さんもいる。もしかしたら、自分の活動を認めてくれているひとも案外いるのかもしれないとあなたは嬉しくなる。書き手は、あとでスペースにお邪魔しますと口にする。あなたは手に持った本の値段をたずねる。その数字どおりに幾許かのコインを支払う。興奮に上擦った感謝の声を背中に、あなたはそのスペースを離れた。

 少しして、冷静になったあなたは首をひねる。

 この値段ならあなたが発売を楽しみにしているシリーズものの新刊が買える。または勉強のために読もうと思っていた岩波文庫の古典が。古本屋ならさっきの値段で資料のための本がゲットできるに違いない。たいして面白いと思わなかった小説を手にして、自分はどうしたいのだろう、と。

 そうでなくとも文学フリマ最大の大手、美味しいと評判の、あのカレー屋さんでランチが買えたのではないか(きっとあなたはおなかが空いているのだろう。なにしろ今日は早起きし、朝食はコンビニのお結びにかぶりついただけなのだから)。そのほうがずっと有意義だったような気がする……。

 いや、とあなたはそこで頭をふって考えなおす。

 あとでスペースに来てくれると言ってくれていた。同人誌活動は交流も大事だ。なにしろ「同人」だ。志を同じくするひとたちと切磋琢磨することこそが本義ではないか。そう想いを改めたあなたの顔に晴れやかな笑みがうかぶ。

 あなたは予定通りカレー屋に並ぶ。スペースには悪友が陣取ってくれている。今回、新刊の表紙を描いてくれた。その友人へ御馳走する弁当も買うために。あなたの小説についてキツイことも言うけれど、それがかえってとても有り難いこともある。

 あなたはふと思い出したように、先ほど買った本を捲りだす。

 気づくとすでに二頁目まできている。なんのかんのと、あなたはその小説を読み進めてしまったのだ。おそらくは、小説を書く同じ仲間という意識のために、または自分の存在を知っていてくれた恩義のために? 

理由はどうでもいい。いや、どうでもよくはない。

 けれど、ようやくそのころには小説の内容も見えてきた。情報は早目に小まめに出し、読者の気持ちを引っ張る謎はもったいぶらずに適宜開示するといい。ジャンル小説ならそれらしいお約束のひとつも提示するなりして、とあなたはそっと独りごちる。まあ、自分もなかなかできないことだけど、と言い聞かせながら。奥付をみるとメールアドレスも明記されている。ツイッターもしているようだ。あなたはスマホを取り出して、さっそくフォローする。するとすぐフォローが返ってきた。しかも御礼のリプライ付きで。

 いまカレー屋さんに並びながら読んでいるところですと返信をしてまた先を読みすすむ。心理描写は巧みだな、と思う。こんな気持ちになることがある、というような事柄がさりげなく、それでいて丁寧に描かれている。妙に浮いた説明調なところもない。へえ、と感心して声がもれる。よかった、あのとき自分がこの本を手放さなかったのはこの予感のせいだったのか、と思いはじめる。

 あなたはすっかりペースを掴む。小説には「読み方」があるという経験を身体で思い出すように。小説との上手な付き合い方とでもいうものを、あなたは自然に備えもっている。いや、それはきっと、読書という長年の習慣によってあなたが自身を鍛えあげた結果であるかもしれない。あなたはよく、面白くない小説はない、というふうに考えることがある。その固有の「読み」ができるのであれば、どんな小説にも何かしら「愉しみ」といったものがあるのではないかと。

 弁当を二つぶらさげて、先ほどの同人誌を片手に歩みだす。あなたは本を読むのが大好きだ。ほんとうならずっと本をだけ読んで生きていたいくらいに。こどものころ、友達の家に遊びにいって本と漫画ばかり読んでしまい呆れられたことがある程度には本が好きだ。今日はだから、この文学フリマの混み合った会場を眺めわたし、じぶんと似たようなひとたちがそこに屯している様子、その熱気になんとなしに胸があたたかくなる。

 会場には何列もの机が並び、通路にはひとが溢れかえっている。そしてスペースの机には同人誌が堆く積まれている。書店で売っているようなお洒落な装幀の本、開始直前までその机で製本されていたらしい出来立てほやほやのコピー本、サークルの既刊情報や今後の活動内容が記されたフライヤー、また通路を歩く参加者に押し売りのように手渡しされる無料本もある。

 あなたはそういうものにしっかりと目を配りながら、時にフライヤーや無料誌などを器用に片手で受けとって一揖(いちゆう)し、じぶんのスペースへゆったりとした足取りで向かっている。

 初参加のときには親しい友人にすら参加することを秘密にしたと思い出す。ましてこんなふうに出歩く余裕など何もなかった。トイレに数度往復しただけで、よそのスペースなど見にいくこともできなかった。地元の駅のコンビニで買ったサンドイッチをもそもそと口にしただけでなんだか腹が膨れてしまったほどだ。ところが今では友達が遊びに来てくれるは、表紙や挿絵まで描いてくれるはで、このイベントに出ることが周りをまきこんだ年中行事のようになっている。あなたはそれを思い、この数年の変わり様にひとりで笑う。わらってしまう。

 この会場には、じぶんのようにひっそりとプロを目指してるひともいるのだろう。もちろんプロも参加しているのは知っている。ワナビだなどと思われたくなくてあなたはそれを親しいひとにしか公言していない。それをなんの気負いも衒(てら)いもなく宣言しているひとを強いと尊敬している。

 あなたと友人はふたりしてカレーを平らげる。なるほど美味いと口にして、これが最大手の実力か、などと笑いあう。それから昼を過ぎてだいぶ落ち着いてきた会場に、店番をしてくれた友人を送りだす。なんでも売れ筋のアニメ評論雑誌等を手に入れにいくと勇んでいる。あなたはあまり評論を読まないが、好きなアニメが特集されたものならと試しに自分のぶんも頼んでみる。

 ひとりになったスペースにぽつりぽつりとひとが訪れる。前回隣りだったひとが新刊を届けてくれる。あなたも慌てて立ちあがり自分のそれをさしだす。調子はどうか尋ねると、前回よりは反応がいいと答えが返る。あなたとはまったく違うタイプの小説を書いている。私小説というのだろうか。淡々としていて筋らしきものはないが読み終えてズッシリとくるものがあった。小説というと物語が大事なように思ってきたが、それだけではないと同人誌で感じさせてもらったのは初めてだった。ほんとうはもっと色々と聞いてみたい。けれどまだ遠慮がある。本の感想を送ってはみたがあれで失礼はなかっただろうか。こうして新刊をわざわざ持って来てくれるのだから大丈夫だろうとあなたは安堵する。すると、よかったら帰りに飲まないかと誘われた。あなたは友人と約束している。あいにく先約があってと頭をさげてすぐ、連絡をして一緒にいけばいいのだと気づく。付き合いのイイ奴だ、断らないだろう。ところが、その時にはもう、じゃあまた、とそのひとは足早にそこを後にしていた。あなたはじぶんの間の悪さにかるくへこむ。けれど気を取り直し、友人に了承をとるためにメールする。しかし買い物に夢中ならしく返信はない。

なんとなく落ち着かず、あなたは自分の本をいたずらに手に取って、ふと思う。

 いったい小説ってなんだろう。

 とりあえず散文で、きっとそれなりにフィクションで、あとなんだ? あなたは首をひねる。わからない。わかっているようで、ほんとうに深くはわからない。もしかすると、わからないから書いているのかもしれない。ここで机を並べているひとたちはどうなんだろう。そもそも自分はなんで小説なんてものを書いているのか。

まずは自分の愉(たの)しみのために。

 そしてきっと、ほんとうに数は少ないけれど、作品を楽しみにしていると言ってくれる「読者」のために……。

 To The Happy Few――スタンダールのような大文豪を気取るのはおこがましいと思いながらも、あなたは多分、真剣にそう考えている。そこへ、あなたがこの「小説」の冒頭で読みはじめた小説の「書き手」がやってくる。

「わたしは、あなたの素晴らしい小説を待っている『読者』です」

 てことで、また文学フリマでお会いしましょう! 
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